歌川広重の「東海道五十三次」をテーマに記事を、と言われて頭に浮かんだ絵は、妖怪絵師・水木しげるの「妖怪道五十三次」の方だった。

日本史は苦手だったけど、妖怪は好き。和の文化も好き。現代の風景に昔の面影を探すのも面白そう。大都市・品川に江戸風情なんか見つかるのかしらね、と半信半疑で調べてみたら、思いも寄らない情報にぶつかった。

歌川広重『東海道五十三次』品川 日之出。午前4時に日本橋を出発した大名行列の2時間後の様子を描いた作品。朝焼けが残る空に、廻船(かいせん。運送船のこと)で栄えた品川湊の深い青が美しい

品川は、まさかの一大花街だった!

京急線沿線の北品川駅から青物横丁駅までの間にある商店街で、毎年「しながわ宿場まつり」というイベントが行われていることを発見し、オフィシャルサイトにアクセスすると、目に飛び込んできたのは「おいらん」の写真。

なぜ、と思ったら、品川宿は「北の吉原、南の品川」と呼ばれるほどの一大花街だったという。厳密にいえば「おいらん」がいたのは吉原だけだが、そこはご愛嬌。運良く、次の週末に「しながわ宿場まつり2019」開催ということで、おいらん道中が行われる9月28日、北品川駅へと降り立った。

品川といえばターミナル駅とオフィス街のイメージしかなかったが、北品川本通りに到着した途端、そんなイメージはあっさりと更新されていく。

左:北品川から青物横丁エリアまで連なる商店街の名前が、行灯のような明かりに並ぶ。宿場町の情緒を守ろうという意思を感じた

右:商店街にはところどころに立て看板があり、現地解説が書かれていた

16時すぎ、いよいよ「しながわ宿場まつり」のメインイベント、「おいらん道中」がスタート。見学する際の注意を促すスタッフも侍姿というこだわりぶり。

侍姿のスタッフが「白線まで下がってくだされ、かたじけない」とアナウンスすると、観客も思わず笑顔に

前には禿(かむろ)、後ろに傘持ちを従えたおいらんが続々と登場。後ろ姿もまた色っぽく、美しい。

この日登場したおいらんは、なんと5人! 一度にこれだけの人数が道中を張るのは壮観。いずれも応募者から選ばれたのだそう

歩けば当たる、江戸当時から続く店

おいらん道中といえば、黒塗りの高下駄を履き、外八文字でゆっくりゆっくり進むもの。「しながわ宿場まつり」も同様で、目の前を最後尾のおいらんが通過しても、商店街を先回りして待ち構えていれば、繰り返し見学することができる。

そんなわけで、おいらん道中を追い越して、北品川エリアから新馬場エリアへと向かって商店街を歩いていると、所々で歴史を感じるスポットに出合うことができた。

慶応元(1865)年、まさに品川宿に店を構えた「丸屋履物店」。町屋造りの建物は、大正初期から変わらぬ姿を残す。客の目の前で鼻緒をすげるのは開店当時からのスタイル

店頭には、おいらんが履く高下駄が展示され、間近に見ることもできる。思わず見惚れる細工のぽっくりも。7歳の七五三で娘に履かせたら素敵…と思わずチェック

新馬場駅方面へ向かう「北馬場参道通り商店街」で貫禄の雰囲気を放っていた畳屋さん。宝暦11(1761)年に「湊屋(みなとや)」として創業し、明治時代に「加藤疊店」に改名

青物横丁駅方面へ続く山手通りの交差点。「東海道北品川」の看板を見上げると、なんだか当時の景色が重なって見えるような見えないような……

妖怪を探すにはちょっと明るすぎたけれど、今も活気を見せる北品川の商店街には、かつての品川宿の面影を感じるスポットがそこここに点在していた。高層ビルの立ち並ぶオフィス街とは全く違う懐かしい雰囲気が新鮮で、「品川宿らしさ」を守ろうという商店街のムードも心地良かった。

「しながわ宿場祭り」は毎年秋に開催。イベントの時以外でも、ふわっと江戸情緒を感じに訪れてみるのもいいかもしれない。
https://shinagawa-shukuba-matsuri.tokyo/

近くのお参りに行きたい神社

東海道品川宿の氏神様といえば、歴史ある品川神社。


品川神社は「東京十社」に数えられ、金運アップの御利益、都内でも最大級の富士塚など見どころも多い。

https://hakken-japan.com/shrines/shinagawajinjya/

 


取材・文/やまだ ともこ(ハッケン!ジャパン編集部)