東海道小田原は、生まれも育ちも東京の私にとって身近なリゾート地だ。
新鮮な海の幸・山の幸を楽しめるグルメタウンで、駅周辺にはうまい鮮魚料理店や練り物店が軒を連ねる。
新幹線が停まるので、東京からわずか40分で行ける。もちろん、昔はそうではなかった。
江戸時代には宿場町としてにぎわったという小田原とその周辺を、泊りがけでゆっくり旅してみた。

かつては旅籠が約100軒!江戸最大級の宿場町

東海道小田原宿は、品川宿より数えて9番目の宿場町。江戸を出発した旅人は、ここで宿泊することが多かったという。
江戸後期には約100軒もの旅籠(食事付きの宿屋)が並んでいたが、残念ながら戦災や地震などで焼けてしまい、今はその面影はほとんど残っていない。

有名な歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」に描かれた小田原宿、酒匂川の渡し。当時はまだ橋がなく、東海道の難所のひとつだったそう

泊まりは湯河原、リニューアルされた富士屋旅館へ

都内から小田原方面は、いつもなら日帰りだが、今回はお誘いもあり、東海道線で少し先にある湯河原駅で下車。
湯河原に行くと言えば「いいね~!」と羨ましがられるが、箱根や熱海などの有名観光地に比べれば、まだよく知られていない面もあるようだ。
湯河原の歴史を、簡単に紹介しておこう。

湯河原温泉」は約1200年前につくられた。江戸時代どころか万葉集に歌われたほどの歴史を持ち、肌に優しい良質な湯として人々を癒し続けてきた。
夏目漱石、谷崎潤一郎といった明治の文豪らが足しげく訪れ、それぞれにひいきの常宿をもっていたことでも知られる。

そんな名旅館の中にあって「富士屋旅館」の歴史は古く、創業は明治9年。江戸後期には前身にあたる宿があったという。
平成14年にいったん閉館したが、令和元年、リニューアルオープン。ここが、今回の旅の目的で宿泊先だ。

湯河原の顔ともいうべき「富士屋旅館」。2019年にリニューアルされて美しく蘇り、秋には歴史ある旧館が国の登録有形文化財に登録決定。一躍注目されている

大人が落ち着いて過ごせる、歴史の薫る空間

四季の彩りも豊かな広い敷地には、大正期の楼閣風建築「旧館」、昭和26年に建築された「洛味荘(らくみそう)」、昭和43年に建てられた「新館」の3棟が並んでいる。

川に沿って建つ「旧館」は、客室の座敷飾り、縁側や廊下などの外回りの建具に組子入りガラス戸を多用するなど、希少な大正期の建築の特色を随所に残す

旧館から渡り廊下でつながる「洛味荘」。わざわざ京都から木材を運ばせたという贅沢さで、寺社建築に使用される格天井など、日本建築の粋を尽くして造られている

新館」は古き良き日本のホテルをテーマに、障子格子とソファを組み合わせるなど、和と洋が融合したレトロモダンな独特の魅力をもつ空間

どの館も今や貴重な建築であり、歴史好き、建築好きならば夢中になること間違いなしの楽しさ。まさに一見の価値がある。

女性にうれしい「美肌の湯」をさまざまなスタイルで

もちろん、温泉天国でもある。
泉質は、皮膚の古い角質を落とすとされる無色透明の弱食塩水・弱アルカリ性。湯河原温泉は肌がツルツルになる「美肌の湯」として知られているが、実際に入浴後は肌がすべすべしっとりで温泉の効力を実感。
歴史ある名旅館といっても令和元年のリニューアルなので、快適で清潔感のある最新設備や充実のアメニティなど、高級ホテル顔負けのおしゃれさだ。

旅館内にはかけ流しの開放的な大浴場と、温泉檜風呂付きの客室も多彩。ゆっくり何度でも温泉を楽しめる。

相模湾の地魚など厳選素材で作る、滋味深い料理

夜の食事は、富士屋旅館の新館内にある料理屋「瓢六亭」の個室でいただいた。こちらでは月替わりの創作懐石料理が供される。

瓢六亭の屋号の由来となった「六瓢(むひょう)」は、“無病”を掛け合わせた日本伝統の吉兆意匠。温泉宿にふさわしい名前だ

海と山に囲まれるロケーションだから、鯵、金目鯛、伊勢海老などの地魚のほか、熊・猪などのジビエも新鮮な状態で入荷できるそう

先付けやお椀からフランス料理のようなお口直しを挟み甘味まで、この日のコースは9品。食材の旨味を最大限に引き出す調理法で、美しい盛り付けと、随所に工夫が凝らされた料理の技を堪能。
温泉宿の料理というと、ご馳走ではあっても量が多く食べ切れないイメージがあるが、こちらの料理は女性にも食べやすいポーションのうえ出汁を効かせた上品な味わい。最後まで美味しく食べることができた。
お酒に関しても、神奈川の地酒や関東ではあまり見ない銘柄の麦焼酎「青鹿毛」まであった。好きな人はぜひ味わってみてほしい。

泊まってみての感想は、本当に静かで川のせせらぎが響き、自然や季節がずっと身近に感じられ、慌ただしい日常を忘れてゆっくりと過ごせる宿だった。
気の合う女友達同士やカップルで、また家族へのプレゼント旅行に、ぜひともおすすめしたい。

絶景とともにアートを楽しむ「江之浦測候所」

湯河原「富士屋旅館」での宿泊を満喫した翌日は、伝統芸能イベントの取材で小田原方向に少し戻った根府川にある「江之浦測候所」へ。

江之浦測候所。2018年にオープンの、まだ新しい施設だが、知る人ぞ知る話題のアートスポット


こちらは日本を代表する現代美術家・杉本博司氏が「古代の人々がどのように自然を見ていたか?」を体験する場としてつくり、集大成ともいうべきアートギャラリーがある。
海に臨む高台の斜面に、ギャラリーと茶室、庭園、門、待合棟などが点在、杉本氏が収集した数々のアート作品をコレクションとして展示。
自然に抱かれた、まるで遺跡のような趣きの広さ1万5000坪の大庭園に、室町時代の名月門や鎌倉時代の五輪塔など、さまざまな年代の史跡を目にすることができる。

大自然の絶景のなかで能楽囃子と雅楽を鑑賞する伝統芸能イベント「江之浦の音」(2019年12月9日・10日開催)。季節ごとにクオリティの高い企画が開催されている

場所自体がアート作品のような石舞台や、光学硝子舞台、古代ローマの円形劇場のような観客席を備え、広がる空や海を前に奏でられる音は、波や風の音と融合して響き渡り、心を清らかにしてくれる。
予備知識なしに臨んだ「江之浦の音」は、通常のコンサート会場では味わうことができない非日常の感動に包まれる、とても贅沢なひとときだった。

帰りに小田原城址公園、杜のひろばを散歩

小田原観光と言えば、やっぱり外せないのが小田原城。駅から歩いて10分ほどの近さなので、ちょっと時間があるときの小田原散歩には最適だ。

小田原城は15世紀の中ごろに建てられ、北条氏が5代100年にわたって関東を支配した拠点だった。難攻不落と名をとどろかせたが、天正18年に豊臣秀吉の侵攻により滅亡。
現在の城は昭和9年から再建されたもので、現在は本丸と二の丸が国の史跡に指定されている。

小田原城址公園は、春は桜、秋は紅葉などの四季の自然を楽しめるほか遊園地もあり、甲冑着付けや忍者体験は海外観光客にも大人気だという

小田原城の隣りには、地元が産んだ偉人・二宮尊徳翁が御祭神の「報徳二宮神社」があるので、お参りして行こう。

緑豊かな杜にたたずむ雰囲気の良い神社の境内には、おしゃれなカフェもあって、参拝後にひとやすみできるのが嬉しい。


小田原市民の心のふるさと、報徳二宮神社。結婚式やお宮参り、七五三など人生節目はこちらでという人は多い

神社の境内に緑いっぱい、開放感あふれるオープンカフェがある

杜のひろばにある「きんじろうカフェ」「Café小田原柑橘倶楽部」は、二宮尊徳(幼名は「金次郎」)と小田原名産の柑橘をそれぞれテーマにした、おしゃれな雰囲気のオープンカフェ。
2つのカフェにはそれぞれ、かわいいデザインが揃う金次郎グッズや、小田原名産の柑橘で作ったサイダーやドロップなどのオリジナルアイテムが揃い、ちょっと気の利いたおみやげによさそう。
小腹が空いたときは、こちらならではの「呉汁」(ごじる)がおすすめ。記録によれば御祭神の尊徳翁も食べていたという、大豆をすりつぶした「呉」の入った汁を現代風にアレンジ。味噌や野菜も入って栄養たっぷり。炊き込みご飯とのセットもある。

お城の隣りに神社ができる以前、江戸時代の城下町を想像しながら歩いてみる。前夜の温泉効果もあってか身体全体が軽く、生き返ったような気分。
いつもの小田原をずっと贅沢に楽しめた気がする、1泊2日の小旅行だった。


<取材協力先>

湯河原 富士屋旅館 https://fujiyaryokan.jp/

小田原文化財団 江之浦測候所 https://www.odawara-af.com/ja/enoura/

報徳二宮神社  https://hakken-japan.com/shrines/hotokuninomiyajinja/

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