昔から日本に伝わる季節ごとのお祝い。その習わしや意味について振り返ります。今回は、初夏から盛夏にかけての行事について。
暦の上での夏の始まりは立夏(りっか)、5月のGW連休の頃。その時期の季節の行事といえば5月5日「子どもの日」、伝統的に言えば「端午の節句」。もうひとつ、7月7日に「七夕」(たなばた)。夏は2つの節句、伝統的な季節のお祝いがあります。
●端午の節句(5月5日、子どもの日)
●七夕の節句(7月7日、たなばた祭)
そして、この時期には日本全国の神社仏閣では「夏祭り」が行われることが多く、有名なお祭りがたくさんあります。
端午の節句~勇ましい男の子のお祝い
5月5日は「端午の節句」(たんごのせっく)。
現在は国民の祝日「こどもの日」になっていますが、3月3日の「ひな祭り」(上巳の節句)が女の子のお祭りであるのに対し、歴史的に男の子のためのお祭りとして祝われてきました。滝を上る鯉のぼりの旗や鎧兜の勇ましい武者人形を飾るのは、そのためです。
他の節句と同様、歴史的には中国から伝来したものですが、いまのようなかたちになったのは武家社会が確立した江戸時代以降のことになります。
もともとの端午の節句の姿として現代にも伝わる習わしが、「菖蒲湯」(しょうぶゆ)と「ちまき」です。
旧暦の5月5日は今の6月になり、梅雨の季節で流行病が恐れられる時期でした。菖蒲は昔から解毒作用のある民間薬として知られ、菖蒲の葉を入れた「菖蒲湯」に浸かる習慣は、今も引き継がれています。
ちまきは漢字で「茅巻き」と書きます。茅萱(ちがや)は病や災厄などの悪いものを避けると古来信じられてきた植物で、「茅の輪くぐり」の茅(ち)。
日本最古のお菓子のひとつで、もともとは中国伝来の故事にもとづく「節句思想」とともに伝わってきたものです。
ちまきともうひとつ、端午の節句を祝うお菓子が「柏餅」(かしわもち)。
柏という木は、新芽が出てから古い葉が落ちる特徴があり 「家系が途絶えない」ということから子孫繁栄、縁起ものとして広まっていきました。二つ折りにした柏の葉にあん餅をはさんだ、日本生まれのお菓子です。江戸時代頃から加わったといわれています。
ちまきと柏餅(かしわもち)は、端午の節句に欠かせない縁起物のお菓子
夏祭り~神さまに夏場の厄を祓っていただく行事
桜が終わり新緑の季節になれば、もうすぐ夏祭りの合図。 お祭りがどうして夏に多いのかというと、それは都市部でもっとも恐れられた災厄、疫病退散を願って始められたものだったから。
たとえば、日本でもっとも有名な夏祭りのひとつである京都・八坂神社の祇園祭(ぎおんまつり)。このお祭りは、平安時代から始まりました。八坂神社のご祭神・牛頭天王(ごずてんのう)には当時大流行していた疫病を抑える力があると信じられ、そのお力を発揮していただくため盛大なお祭りが行われるようになった、と伝えられています。
神社の夏祭りには欠かせないものにお神輿(みこし)があります。 各地で氏子たちがお神輿を担いで町内を練り歩きますが、これには「神さまの力を地域の家々にも分けていただく」という意味もあるのです。
感染症の拡大によって、飲食のある屋台の出店はもちろん、お神輿がにぎやかに町中を練り歩くことも難しい状況が何年か続きました。その間も多くの神社仏閣で、疫病退散を祈る神事としての夏祭りは変わらず続けられ、いまでは恒例の行事が以前のように回復しつつあります。
夏祭りが日本で長く行われてきた本来の意味を振り返りながら、残る半年あまりの平穏と無病息災を今年も祈りたいものです。
お神輿は神さまの乗り物。担がれ上下左右に振られることで神様の力がパワーアップすると考えられた
七夕~織姫・彦星とは違う、もうひとつの「たなばた」
7月7日「七夕」(たなばた)の節句は、年に一度だけ織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が会えるというお話と、願いを書いた短冊を笹につるす行事として知られています。
これらの伝説と風習は、もともと中国から伝わったもの。そこに、日本古来の神さまの衣を織る棚機女(たなばたつめ)の伝説も加わって、7月7日が七夕と呼ばれる節句になりました。
一方で7月7日には、もうひとつ意味があります。旧暦で7月15日、現在は8月15日前後に行われることが多い「お盆」 の準備を始める日ともされています。
「たなばた」の「たな」は、ご先祖さまへのお供え物などを並べる棚。そこに旗を立てて、ご先祖さまをお待ちすると、いう意味もあったのです。
原文/平井かおる(日本の神道文化研究会)
イラスト/今井未知 www.michiimai.com
参考文献/『暮らしのしきたりと日本の神様』(日本の神道文化研究会 三橋 健+平井かおる/双葉社)
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