東京浅草で始まった「夏詣」が、10年目を迎えた。夏詣とは、夏越の祓(なごしのはらえ)の後、無事に過ごせた半年に感謝して、7月1日から年の後半の平穏を祈って神社仏閣にお参りすること。発祥の浅草神社から全国各地に広がり、2023年夏は450以上の社寺が参加。早いところでは6月中旬からスタート、長いところでは8月末まで続き、今や季節の行事として定着といってよいだろう。
今年度の開始に先立ち5月に東京・浅草六区で開催された「夏詣サミット」では、全国各地から参画社寺の代表が集まり、取り組みの報告と活発な情報交換が行われた。その中でも特に印象深かった次の2つの事例について、後日詳しいお話を伺った。
●浅草から小豆島へ、人生と地域を変えた夏詣
●房総勝浦の賑わいを守る、遠見岬神社の夏詣
浅草から小豆島へ、人生と地域を変えた夏詣
2021年にスタート、今年3回目を迎える香川県小豆島の夏詣。2023年は7月1日から8月31日(木)までの間、島内にある7つの神社が夏詣の提灯を掲げて記念御朱印を授与するなど参拝受付を行う。また大きな行事としては、そのうち2つの神社が「小豆島あんどんまつり」の会場となり、コロナ禍を経た今年は奉納コンサートなどのイベントも実施される。
浅草からIターン、夏詣で地域おこし
瀬戸内の島に夏詣を伝えるために奔走したのは、浅草で夏詣を経験し、その後2020年に地域おこし協力隊として小豆島に渡った大和美祈(やまとみき)さん。現在は協力隊を卒業、島に残って地域おこしの活動を続けている。また、夏詣がきっかけで人生の出会いもあり、神職身分の資格をとって島内の富丘八幡神社の禰宜(ねぎ)となった。
東京での大和さんはエリアマネジメントを手掛ける会社に勤め、観光地での消費拡大につなげる仕事を行うなかで、小豆島とのつながりができた。同時に、地元浅草では夏詣運営委員会に参加。充実した日々が一変したのは2020年に始まったコロナ禍。都会での生活の息苦しさ、移動の難しさを感じたこともきっかけになり、小豆島への移住を決断する。
「当初は、大好きな小豆島の観光に夏詣で貢献できると考えました。小豆島は離島といっても意外と大きな島で、過疎化している地域と生活に便利な都市部があります。また、高松や神戸、関西方面からアクセスが良く、最近では島々を会場にした瀬戸内国際芸術祭が開催されていることもあって、じつは外から入ってくる新しい文化に寛容です」
大和さんが、それまで活動の地としていたのが浅草だったことの影響も大きい。浅草は、東京といっても例外的に昔ながらの伝統が多く残る、独特の土地柄。小豆島では「浅草と似ている」と思う部分がとても多く、経験を生かしやすかったと大和さんは語る。
「地域連携については、まず地元の青年団に協力を仰ぎました。そのことも(スムーズに夏詣を進めていくために)良かったのかもしれません」
青年団とは、日本の各地域ごとに居住する若者で構成される団体。大和さんと同じ世代の若者で構成される地元の青年団のメンバーを巻き込むことで、各方面とのやりとりがスムーズに進んだ。
「次は、学校にも働きかけました。小豆島には歴史のある素敵な神社がたくさんあるのに、そのことを子どもたちがよく知らないことが気になって。気軽に足を運べる機会を増やしたいと思いました。教育の場に宗教を取り入れることが難しくても、神社が地域の“集いの場”になったら良いのではないかと」
こうして2年がかりの取り組みが実り、2022年夏、「小豆島あんどんまつり」が町をまたいで初開催。島内2つの小学校に通う子どもたちが、使い終わった牛乳パックや紙パックを使って作成した「SDGsあんどん」に灯をともして2つの神社に飾り、島内外で大きな反響を呼んだ。2年めとなる今年は、600個を超えるあんどんが集まったという。
子どもたちの楽しい思い出が郷土愛を育む
「コロナ禍で子どもたちが何かを発表したり、表現したりする場所が減っていました。あんどんまつりでは、褒めてもらって誇らしげな子どもたちの顔が印象的でした。親の大人たちにも神社に足を運ぶ楽しみが必要。今年は、夕暮れの境内で音楽のコンサートもします」
おまつりによって、子どもたちが地元の神社で家族と過ごす楽しい思い出ができ、そうした積み重ねが郷土愛につながっていくはず。また、あんどんまつりは、それまであまり交流のなかった島内2つの町をつなぐ、ひとつのきっかけにもなったという。
「小豆島には土庄町と小豆島町があって、行政的には別々です。私がどちらでもない“ヨソモノ”だったから、両方の町に働きかけられたと思います。親御さんだって、お子さんの作ったあんどんが隣り町で展示されれば、じゃあ行ってみようかとなりますね」
あんどんのあかりは、地域のしがらみも暖かく溶かしていった。また、あかりが灯される夜のイベントで、島外からの宿泊者を増やし、観光の本格的復活という次の狙いもある。
「今後は、地元の食材も取り入れていきたいです。浅草の夏詣ではそうめん流しもありましたが、小豆島は名産でおいしいんですよ!」と大和さん。さらに「もっと多くの方々に小豆島との関係を深めてもらって、島に戻ってきてくれる人を増やしたい」とも。
「私自身がそうなったように、小豆島を人生の節目を迎える思い出の地にしてもらえたら。そのために、ブライダル事業にも挑戦してみたいと考えています。神社は縁結びの場所ですし、小豆島の美しい景観を生かしたフォトプランなど、いろんなことが考えられますよね!」
夏詣に重ねて、小豆島の未来、自分のやっていきたい仕事。大和さんの夢が膨らむ。
房総勝浦の賑わいを守る、遠見岬神社の夏詣
少子高齢化と過疎化の進行は、東京から遠く離れた地方だけの問題ではない。
東京から特急で1時間30分の近郊にある千葉県勝浦市でも、若者を中心として人口減少が進行。太平洋に面した漁師町の活力と繁栄の象徴として430年以上の歴史がある「勝浦朝市」も、一時は存続の危機に陥っていたという。
そんな地元に活気を呼び戻したいと奮闘する、勝浦総鎭守の遠見岬(とみさき)神社。朝市と並ぶ勝浦の観光的見どころとなる社寺で、春の「かつうらビッグひなまつり」が有名な神社だ。こちらでも、毎年の夏詣が新たな賑わいにつながっている。
古来の伝統と違和感ない、新しい風習
遠見岬神社の宮司・小林悠紀(こばやしゆうき)さんは、古代この地を開き神社を創建した勝占忌部須須立命(かつらいんべ すすたつのみこと)の末裔であり、地元勝浦になんとか賑わいを取り戻せないかと考えているなかで、夏詣に出合った。2014年に浅草で始まった直後のことだ。
「神職仲間で親しくさせていただいている浅草神社・土師宮司のお人柄と熱意に心を動かされたのがきっかけです。こんなことを始めた、一緒にやってみないかとお声かけいただき、伝統文化の継承という意義に共感しました」(小林さん)
遠見岬神社にとって8年目となる今年の夏詣は、7月1日から8月31日まで。
地方の神社では、お盆を含む8月まで比較的長期に渡って実施しているところが多い。特に重要なのが、8月のお盆休み期間。帰省や夏休みで人が集まりやすいメリットもあるが、旧暦お盆の伝統を大切にできることが大きいと小林さんは語る。
「お盆は仏教行事というイメージをおもちでしょうか。もともと日本には亡くなった人が祖霊神になるという信仰があります。八百万(やおよろず)の神々をまつる国だからこそ、仏教的要素も抵抗なく取り入れられてきた。夏詣には、お寺さんも多く参加されています」
神職である小林さんにとって、新しい風習として提案された夏詣が、自分の大切にしてきた伝統的価値観と違和感なく共存できる点は魅力だった。
「神社は、それぞれ地域との結びつきが深く、一律に縛れない点が多々あります。その点、夏詣は趣旨に賛同であれば、期間や内容などが細かく決められているわけではない。自由にできることは、うちのような地方の神社にも考えやすかったですね」
小林家は、記憶のなかにあるお祖父様とお父様、そして現在宮司を務める小林さんご自身も、代々にわたって勝浦市の変化を見守ってきた。
「祖父が宮司をしていた頃、父は平日には千葉・幕張の会社に通い、週末は遠見岬神社の禰宜をする兼業神職でした。大学を卒業した私も、自分の番はまだ先と思い、平日は都内で働き、週末は父と一緒に遠見岬神社に出ていました。父が病に倒れ、思っていたよりも早く跡を継ぐことになりました」
現在もまだ40代の小林さんは、地域社会では若手。総代さんをはじめ70代の長老など、年上の人ばかり、由緒ある神社だからと何もせずに参拝者が来るのをただ待っているわけにもいかない。
夏詣サミットで一際印象的だった小林さんの行動的で具体的な説明、そして自分から率先して動く姿勢は、若くしてその立場になったせいかもしれない。
「遠見岬神社がある旧市街は漁師町で、古くから豊漁祈願が行われてきました。食べものは美味しく、自然豊かで、子育てには良い環境ですが、進学や就職で町を出てしまうと戻らない若者が多い。東京へと向かう人の流れのなかで外房は地域ごと取り残されていった。しかし遠見岬神社は江戸時代までは『富大明神』という社号で、『富咲』の字も当てて縁起がよいと信じられてきました。地域の繁栄は、神社が取り組んでいくべき問題と考えています」
地域の観光や経済にも深刻な打撃を与えたコロナ禍だが、悪いことばかりではない。
リモートワークが進んだことで、沿岸気候で冬は暖かく夏は涼しい勝浦は、二拠点や移住先として注目されている。まずは観光で勝浦を知り、足を運んでもらいたいと小林さんは語る。
「地域を支える観光協会や商店会などの地域団体も、高齢化が進んでいます。神社という存在自体、一般社会から声をかけづらい存在と感じられるかもしれませんが、逆にこちらから積極的に働きかけることで、ずっとスムーズに物事が進みます」
遠見岬という社名にふさわしく、将来を見据えて、新しいことも取り入れていきたいと話す小林さん。「大切なものを守るため、時代に合わせた変化は必要。そうやって歴史や伝統はつくられてきたのだから」と語る。
次世代に楽しく伝統をつなぎたい
2023年8月13日の「勝浦朝市」は、花火の上がる夜まで人々で賑わう特別企画として実施される。神社では8月12~15日の4日間、ビッグひなまつりで有名なあの石段の前の参道に、今年は南房総の伝統工芸品「房州うちわ」をライトアップして展示する予定。
また、7月1日から、同じ勝浦市内で夏詣に参加する瀧口神社と連携した特別な切り絵御朱印の授与を実施。繊細な美しさが人気の切り絵タイプのなかでも、夜昼の2枚が並ぶことで「結」の字が浮かび上がって完成するデザインは珍しい。御朱印ファンに両方の神社へ足を運んでもらうのが狙いだ。
じつはコラボ御朱印の瀧口神社で神職を務めるのは、小林さんの実弟。小林家では夏詣に限らず「お祭りは家族も楽しみにしていて、準備を進んで手伝ってくれている」そう。そんな風にして小林さん兄弟も、子どもの頃からお祖父様・お父様の背中を見ながら育ってきたのに違いない。
「地方では、神社の運営もまた厳しいです。それでも歴史と伝統を継ぎ地域を守りながら生きていく、神社の担い手を育てることは社家に生まれた責任だと思います。次の代は、子どもたちの誰かしらが跡を継いでほしいですが、直接そう言ったことはありません。自分も言われたから継いだのではなく、好きなことをして生きていってほしいのが親の願い。それを叶える場所が神社になるとしたら嬉しいですね」
単身、東京から新しい土地に飛び込み、夏詣を取り入れることで神社に親しんでもらうきっかけづくりを進める瀬戸内・小豆島の大和さん。
先祖代々守ってきた地元の神社で、人口流出が進む地域の衰退を食い止め、新たな賑わいをつくりだそうと奔走する、房総勝浦の小林さん。
もともとの立場は真逆だが、どちらも地域の伝統と新しい文化をバランスよく融合させて、夏詣をきっかけとして地域を元気づけることに成功している。おふたりとも、子どもたちに「神社での楽しい記憶」を贈り、次の担い手を育むサイクルを強く意識されている点も印象的だった。昔からのしきたりだからではなく、今を生きる私たちが楽しんでこそ人が集まり、文化を伝えることができる。
まだ10年の歴史ながら、古き良き日本の伝統を継ぎ、新しい可能性も感じられる夏詣。地元や旅先でも、日本各地どこかで夏詣を実施されている神社仏閣を見かけたら、年の後半の平穏を祈りつつ夏の素敵な思い出をつくりたい。
<取材協力>
一般社団法人 小豆島・瀬戸内エリアマネジメント協会
小豆島神社巡り https://helloisland.dg-1.jp/tourism/top02
勝浦総鎮守 遠見岬神社 ハッケン!ジャパン神社ページ
写真協力:勝浦市観光協会 https://www.katsuura-kankou.net/
日本の新しい風習「夏詣」実行委員会
夏詣 公式サイト https://natsumoude.jp/
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