地元・京都では「上賀茂さん」の呼び名で親しまれる上賀茂神社。京都最古の神社であり、「古都京都の文化財」のひとつとして世界文化遺産に登録されている。下鴨神社とともに毎年「葵祭」が行われる、有名で格式高い神社だ。
今回、神社を訪れて広報ご担当の神職・乾さんに詳しくお話をうかがってみて、知らなかったことがたくさんあるのに驚いた。

一の鳥居と桜が咲く馬場

誰をお祀りする神社なのか

上賀茂神社は通称で、「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」が正しい神社の名称。ご祭神は「賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)」。
「賀茂別雷大神」は、今から2600余年前すなわち神代の昔、神社の背後にある神山(こうやま)に降臨されたという。当初は山でお祀りしていたが、やがて山里である現在の地にお迎えすることになり、その際に神様の降りて来られる依代(よりしろ)として山を象って作られたのが、「立砂」(たてすな)。いまも境内で見られる、上賀茂神社の象徴ともいえる場所だ。
近年の調査で、神山周辺から縄文後期の土器が発掘され、この地に古代の人々が暮らしていたことが立証されている。神話なんて作り話と思うかもしれないが、私たちの祖先が何かを伝えたくて残したもの。自然にまつわる畏敬や感謝の念がテーマとなっていることが多い。

賀茂大神ご降臨の絵画

カミナリの神様ではない

別雷神(わけいかづちのかみ)は、雷の神様「雷神(らいじん)」とは異なる。むしろ雷を別ける「雷除け」で信仰を集めた。古の人々にとって天災の代表的なものだった落雷を除けることから、厄除け、方位除けなどのご利益があると信じられてきた。
また、雷をもコントロールする強大な力が必勝に繋がるとして、勝運と武運長久を願う歴代の天下人や武将が好んで篤く信仰する神社でもあった。
近年では雷から転じて「電気を司る神様」として電力や鉄道、さらに機械やIT関連など幅広い企業からの参拝があるのだそう。

国宝本殿と権殿

歴代天下人にも大切にされた

いつの時代も、誰が天下人であっても、上賀茂神社では天下泰平であるように、つまりその時代が長く続くことを祈り続けた。その結果、あらゆる武将が参拝する心の拠り所となる。国宝指定の本殿は徳川幕府によって寄進されたものだ。
上賀茂神社のご神紋で境内にも自生する植物、二葉葵。江戸時代には、必勝の力にあやかろうと「三葉葵」を家紋とした徳川家に二葉葵を贈る儀式が上賀茂神社で行われ、歴代将軍がとても楽しみにしていたそうだ。
また、最近明らかになった史実に、織田信長の不運の物語がある。目前に迫った毛利攻めの必勝祈願を行うために上賀茂神社を訪れる予定だったことが記録に残っている。その前夜に本能寺の変が起き、討死。もしも一日早く参拝に訪れていたなら?日本の歴史が変わっていたかもしれない。

葵祭の行列

上と下、どちらが偉いわけでもない

賀茂川の上流にあるから「上賀茂」。下流にあるので「下鴨」と通常呼ばれるが、こちらも正式名称は別にあり、「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」。その名のとおり、賀茂氏の祖先を祀るための神社だ。  古来、日本の神様は、一族の祖先を祀る「祖先神」と、自然物や自然現象を神として祀る「自然神」に大別される。上賀茂神社は自然神、下鴨神社は祖先神、両方を合わせて「賀茂社」となる。だからこそ「葵祭」は両神社、すなわち賀茂社の例祭として行われてきた。上と下どちらが偉いわけでもなく、自然と祖先のどちらが欠けてもいけない、両方がセットの大切な存在なのだ。

葵祭の神事

いまも続く「葵祭」の本当の意味

上賀茂神社と下鴨神社の例祭「賀茂祭」は、通称「葵祭」と呼ばれる。欽明天皇の時代(6世紀)、自然災害が多発し飢饉が起きた。その原因を占わせたところ「賀茂の大神に丁寧なお祀りをしていないためだ」とお告げがあり、賀茂社に使いを送り丁重にお祀りをしたところ、天候は劇的に好転したという。これが「葵祭」のはじまりだ。
 ここから両神社は、毎年の例祭に天皇から勅使が送られ、人々の幸せと世の平和を祈願される場所になった。それは現在も連綿と受け継がれている。
 祭りの当日、上賀茂神社を訪れた勅使は、祓いの水である「ならの小川」の上に設けられた「橋殿(舞殿)」で天皇からの祈りの詞(ことば)を伝える。そして、それを聞き入れたことを神様に代わって伝える「返し祝詞」が、神様が降臨した「岩倉」と同じ意味合いを持つ場所、神社境内の「岩上(がんじょう)」で上げられる。
 葵祭といえば華やかな時代行列が有名だが、天皇の勅使をお迎えして神様に祈りを捧げることが、神社にとって最も重要な儀式。古来変わらず行われてきた伝統的な祈りこそが、本当に大切で意味のある「まつり」なのだ。

片山御子神社(通称「片岡社」)

「縁結び」の神社でもある

上賀茂さんは天下国家の神社だから個人の縁結びを願うべきではない、との俗説もある。しかし元来、神社とは神様との縁をつなぐ場所。すべての神社に「縁結び」のご利益はある。
 上賀茂神社の中で、とりわけ恋愛成就や良縁、子授けなどの良縁を願う人からの信仰を集めているのは、摂末社の「片岡御子神社(片岡社)」。
 片岡社には賀茂別雷神の母神である「賀茂玉依比売命(たまよりひめのみこと)」が祀られている。平安時代には紫式部も参拝し、和歌を詠んだと伝えられる。

神前挙式

上賀茂神社で有名芸能人の結婚式が行われていることは知られているが、一般人の場合はどうなのか。結論からいえば、大歓迎。
2600年続く歴史のなかで、平和な世の中と人々の幸せを祈り続けてきた場所での挙式は、幸せへの祈りの中で結ばれるということ。
さらに、例祭へ勅使を送るかたちで天皇陛下からも国民全員の幸せと一緒に祈っていただける、特別な神社でもある。
上賀茂神社では、下鴨神社と並び、多くの結婚式が行われてきた。

神山を望む

ならの小川

緑深く、清らかなせせらぎが流れる23万坪もの広大な境内。神様が舞い降りた山を望むように扇状に配された社殿が、平安時代から変わらぬ姿を見せる。ここは古代の人々に選ばれ、ずっと大切に守られてきた場所だ。ときに苛酷な自然と調和し共生してきた日本という国で、時代を超えて受け継がれてきた、しなやかで揺るぎない強さと美しさ。それは、上賀茂神社が自然を敬う神社であることと無縁ではない。
小川のせせらぎ、樹木や芝生の緑、斎王桜に代表される花の数々、大空と風と大地と、神社にあるすべての自然がパワースポットともいえる。街の喧騒を離れ、ゆったりと流れる時間の中で「元気」、元の氣をいただいてリセット。それは、上賀茂神社へお参りに行く何よりのご褒美になる。

お参りを済ませたら、広い敷地をゆっくり歩き、自分だけのお気に入りの場所を見つけてみよう。そこにもきっと、神様はいらっしゃるはずだ。

賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ/通称・上賀茂神社)
京都市北区上賀茂本山339番地
TEL  075-781-0011(電話受付時間 8:30〜17:00)
https://hakken-japan.com/shrines/kamowakeikazuchijinja/


取材・文/ハッケン!ジャパン編集部/川上裕深