おおきに、嶋原の葵どす。 連載の後半は、「太夫」とは?の説明をさせていただきます。

前半、第一回でお話しさせてもぉたように、太夫とは「正五位」の別称で、十万石の大名に相当し、帝の宴席にも呼ばれる身分どした。太夫は、大傘をさして往来を道中できます。太夫道中とは、神社仏閣の神職や高僧のお練りを様式化したものどす。

前に禿(かむろ)、そして引舟、後ろに傘持ちを従え「内八文字」という歩き方でゆっくりゆっくりと練り歩きます。衣裳は十二単を簡略化したもの。襟を返し、裏の緋色を見せるのは太夫の証明です。この緋色は正五位の位の色なんどす。これを見せることが、御所へ上がるためのパスポートのようなもんどす。

撮影:田口葉子

帯の結び方は「嶋原結び」と言い、漢字の『心』を表しています。必ず手は帯の下。それは手を帯の上に置いてしまうと「心を隠す」ことになるさかい、帯の下に置いてます。『心』から接する、おもてなしの心どすね。 そして、お歯黒をします。結婚したら女性は塗るということをご存知の方はおいやすね。実はその前からお歯黒という文化がありました。時は平安時代。宮中では白い歯を見せるのは、「はしたない」とされたんどす。せやし、成人した男性女性、皆塗っておりました。 その後、武家社会にうつり、武家の奥方が塗る。さらにその後、江戸時代にうつり、お歯黒文化は町衆に伝わり、一般の奥様でも塗るとなりました。今は時代劇でも再現されへんになってしもぉたので……お若い方はとくに目にしはらへんようになってしまいましたね。そして、足もとは年中素足。これは位があってもお客様より一歩控えるという意味です。

撮影:笠井亨

太夫のことを触れるにあたり少し、こちらも説明させていただきます。世間では、よぉ太夫と花魁(おいらん)が一緒になってしもぉてます。大きな違いがありますさかい、これだけでも覚えといとくれやす。 まず職業が違います! 花魁は、皆さんご存知のように「春」をお商売にしといやす。せやし、昭和33年に売春防止法ができてから全国から「春」をお商売とした花魁業は廃止となりました。 対して太夫は、「芸事」がお商売どす。でも、花魁のことを太夫と呼んでるよ?とお声があります。それは、花魁達がいる塀で囲われた廓の中でしか通用しまへん。花魁達の中では売れっ子に太夫とつけて、ええお客さんの時に差し出す値打ちをつけたはったんどす。本物の太夫は、塀の外に出ることはもちろん、往来を太夫道中することができます。見た目が似てしもぉたさかい、さらに混ざってしもぉたんどすけど、全く違います。 ちょうど現代と同じで、昔は太夫装束の変化でファッションの流行がとても左右されていることがよぉわかるんどす。

嶋原の太夫とは、ということだけでも、ぜひ覚えといとくれやす。 おおきに。

撮影:曽根明壽美

【太夫道中】 ゆかりある場で毎年開催される太夫道中を無料で見ることができます。 ぜひ一度、生の太夫を見におこしやす。

4月第2日曜:石清水八幡宮 ・10月6日:高台寺 詳細については、各神社仏閣のホームページでご覧ください。

京都支部/京都嶋原 末廣屋 葵太夫


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