2020年、突如として発生したコロナ禍により、多くの新郎新婦が結婚式の延期や中止を余儀なくされ、そのことは多々報道されて社会問題にもなった。
出口の見えない現状にガッカリしたり不安な気持ちになったりしているのは、当のふたりや家族だけではない。ウエディング業界で働く人たち、また、そこに就職を考えていた学生たちにとっても同様だ。
厳しい状況はウエディングのみならず、各業界でコロナ禍の就職は、採用する企業側にも学生にとっても悩み多いものになっている。
それでも、「人に喜んでもらうことが好きだから」「ありがとうと言われる仕事をしたい」「それが人生最良の瞬間といわれる結婚式であれば」、そんなふうに考えて進路を選ぶ学生たちがいる。そして、就職の時期を前にして大切な現場経験となるべきインターン研修の機会が不足しているという。それもまた、コロナ禍の現実だ。
そこに手を差し伸べたのが「ホテル雅叙園東京」。挙式と披露宴、衣裳、写真などを同じ場所で提供する総合結婚式場「目黒雅叙園」から受け継ぐ、長い歴史をもつ。
和洋が融合し歴史と現代が出会う「日本美のミュージアムホテル」というコンセプトは他に類をみないもの。人気が高いこのホテルにおいても、2020年は約100組が挙式をキャンセル、延期は実に750組にも及んだという。
2020年12月、ホテル雅叙園東京は、「東京ウェディング・ホテル専門学校」と共同で、プロのサポートのもと学生たちがスタッフとして参加し結婚式をつくり上げる「幸せをよぶ、プロジェクト」“絆ウエディング”を発表した。結婚式を延期・中止せざるを得なかった新郎新婦のなかから希望カップルを募集、学生たちとつくる結婚式を無料でプレゼントする(内容は、挙式と両家10名までの会食)。
この試みはもちろん大きな反響を呼び、多数の応募から選ばれた3組の結婚式が、2021年3月7日(日)・14日(日)・27日(土)に開催予定。それは同時に、社会への巣立ちを目前に控えた学生たちにとっては一生思い出に残る「卒業制作」になるはずだ。
このプロジェクトの仕掛け人でもある、同ホテルの副総支配人・森木岳明(もりき・たかあき)さんに詳しいお話をうかがった。
―― 誰もが大変なはずの今の時期、このプロジェクトをやろうと決めた理由は?
結婚式をする、しない、そのタイミングも、個人が決めてよいこと。ただ、「今」でないとならない事情を抱えた新郎新婦も、実際おられると思うんですね。たとえば身内の方がご高齢で先延ばしができない、ご自身のお仕事の都合など、理由はさまざまですが。
一方で、学生にとっても「来年また!」とはならないことはある。学校でウエディングの勉強をしてきて、現場で実際に体験する、そういう時間の大切さを知っているだけに、インターン研修ができないまま就職の時期を迎える学生さんを少しでも助けられないかと思いました。
単純に「結婚式が出来なかった新郎新婦に挙式をプレゼント」という話とは少し違っていて、むしろ「学生とつくること」に賛同してくださる新郎新婦にご協力いただく、というのが本来の趣旨に近いかなと思います。
学生たちは3月で卒業していく。4月ではダメなんですよ。なんとか3月中におさめることができて良かった。
―― この企画をやろうと決めたきっかけは何かあったのでしょうか?
私たちのホテルに来てくれたインターンの学生から、友達は実習機会がほとんどなくなっていると聞き、なるほど今そういう部分でも困っているのか、と知ったのが発端です。
また、当社で開催いただいたウエディング関係の就職説明会を見させていただくと、参加者も例年よりずっと少なく、やっぱり表情が暗い。「本当に就職できるのか?」「こっちに行って大丈夫なんだろうか?」というような感じ。
その後ろに親御さんたちの顔までも想像できる。リモート続きで学校に満足に通えていないことの不安や、卒業後はコロナの影響の少ない業界に進路変更した方がいいんじゃないか、などご心配でしょうね。
私たち結婚式場側は、責任として「なくならない存在として在り続ける」ため、最大限注力してやっている。そのことは、きちんと伝えていかなければならないと思っています。
―― 旧・目黒雅叙園から受け継がれてきた看板を背負っているからの責任でしょうか
そうですね。そのうえで、企業も一緒になって大切な人材、子どもたちを育てていく仕組みを守り、つくっていかないといけないと思います。
―― いまは大人も確かなことは言ってあげられない。けれど「一緒にやろうよ」という発信があっても良いですね
そうなんですよ。私たちにとっても、新たな働き手が来てくれないと、事業を続けていけないですし。
「コロナ禍だったけど、こんな良いこともあった」という経験をさせてあげたい。きっと、何かの折に思い出してくれると思うんですよね。
学生たちも、遠からず結婚する年頃になっていきます。そんな節目のときに当ホテルのことを思い出してくれたら嬉しいですが、正直このプロジェクトで集客を増やそうなどと全く思っていません。
私自身、人事採用の仕事もしてきました。最近は、育てる分野は学校に任せきりで、優秀な学生を戦力として効率的に採用という傾向にあるように思います。昔はもう少し、企業が若者を育てるというようなムードがあった気がするんですよ。
言ってみれば近所の子どもを叱るのと同じような感覚で(笑)企業が学生の参加できる間口を作ってあげられないか、と思います。
―― 具体的には当日どのように結婚式をつくり上げるのでしょうか?
参加する学生は全員女性で51名。それを3組に分けて、全員がそれぞれ役割を分担します。
キャプテン係、介添え係、お花、ビデオ、写真…。本当はウエディングプランナー役をやってみたい人が多いと思うんですけど(苦笑)、その人選と配置は学校側にお任せしています。プランナーだけでなく、いろんな職種があって結婚式が成り立っていることは体験できるはずです。
私の中では、無事に結婚式が終わった時みんながわーって抱き合う、みたいな(笑)。当日そんなシーンが見られたら、もう大成功と思っています。
―― サポートするホテル側のスタッフも必要ですね。通常のシフトと比べてどのくらい多いのでしょう?
人数は学生だけで、もう2〜3倍も多いです。しかも当然、その後ろにそれぞれ社員が付きますから、お客様の数よりスタッフの方が断然多い(笑)
この業界を目指そうと思ってくれている学生さんを目の前にすると、あんなに情熱を持っている子たちがいて私たちはもっと頑張らないといけない、と思うことがあるんです。
先日のウエディング業界の説明会が開催された日に、何人かの社員も、同じようなことを言っていました。
だからこそ、今回の「絆ウエディング」で、がんばる学生たちの姿を私たちも目の当たりにして、結婚式の本質的な部分だったり初心だったりを感じ取ることができたら、勉強代と考えてお釣りがくると思っています。
会社として、社員たちがそういう大事なことに気付けるタイミングをどれだけ用意してあげられるかは重要です。苦しいときだってある。「頑張れ、頑張れ」と言い続けるだけでは、絶対うまくいきませんから。
―― 新郎新婦側は9倍もの応募があったそうですが、どのような基準で当選の3組を選ばれたのでしょう?
はい、たくさんのご応募をいただきました。みなさんそれぞれにご事情があって、本当に断腸の思いで3組を選ばせていただきました。
1組目の新郎新婦は、ご両親が高齢で、できるだけ早く挙式をしたいと思われていました。収束がみえないことからも結婚式を諦めかけていたとのこと、ご家族への想いが強く感じられたことから、ぜひ叶えて差し上げたいと思いました。
2組目は、新郎さまが6人兄弟で、苦労して育ててもらった感謝を結婚式で親御様に伝えたいとお考えでした。2020年8月に挙式予定で他施設を予約されていましたが、やはりコロナの影響でキャンセルされたそうです。それでも、どうしても諦めきれないということで、今回ご応募くださいました。「家族の絆」という部分は今回の趣旨にもぴったりだということで、選ばせていただいた次第です。
3組目のおふたりは、まさに「学生とつくる」という部分にご賛同いただきました。これからを担う学生たちが一緒につくり上げてくれる結婚式、きっと一生の思い出になる素敵なものにできると思うと、そうおっしゃってくださったことが大きかったですね。
―― 「絆ウエディング」という言葉に、東日本大震災の頃を思い出しました。
そうなんです。ちょうど、あの震災から今年で10年目なんですよね。
当時、私自身は北関東の方で結婚式の仕事に携わっていまして、そのときは本当に大変でした。披露宴ができるようになってからも、大切な誰かを亡くされた人が本当に多く、おめでたい席のはずなのにスピーチは涙なしには聞けませんでした。
あの頃、結婚式の仕事をしながら感じたのは、こういう大変な時にこそ働く人を大事にしなければいけない、ということでした。
企業、特に結婚式場は「なくならない存在であること」が大切ですが、私たちの仕事というのは働く人次第で、人を大事にしないと成り立ちません。
だから目先の損得だけで考えるのではなく10年後、さらにその10年後へと、「働く人」をつなげていくことは大事だと思うんです。
ホテル雅叙園東京では、「幸せをよぶ、プロジェクト」として、このような試みを続けていこうと考えています。
今回の「絆ウエディング」は学校との共同企画ですが、次は地域の方々とご一緒することもあるかもしれない。結婚式に限らず、いろいろな「人生の記念日」を一緒にお祝いできる仕掛けを考えて、続けていけたらと思っています。
「単純に、やったら楽しいかなって思ったんですよ」「なんの得があるか?きっと良いことあると信じてます!」と笑顔をみせた森木さん。
コロナ禍のいま卒業を迎える学生たちが多々不自由を強いられていることは承知している。それでも、こんなふうにカッコいい「大人の背中」を間近で見られる学生もいることを、少しだけ羨ましく感じてしまった。
「絆ウエディング」に参加した後、苦労覚悟で思い描いていた憧れの仕事に就く学生も、卒業後は別の進路を選ぶ人もいるだろう。それでも、チームで一緒に結婚式をつくった体験は、一生忘れがたい思い出になるはずだ。
誰もが将来への不安と闘う今という時期が、さまざまなターニングポイントになっていく。だからこそ「本当にやるべきことは何か」を決めて動くことで、未来にポジティブな影響を与えることができると信じたい。
「あの頃はコロナで大変だった。でも、良いこともあったよね」。
そう笑い合える未来にするために、自分ができること、今やるべきことは何かを考えてみたいとあらためて思った。
取材協力/ホテル雅叙園東京
※この記事は2021年春時点での取材および公開で、肩書きや原稿内容は当時のものです
取材・文/やまだ ともこ(ハッケン!ジャパン編集部)
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