沖縄の伝統工芸で、おみやげとしても人気の「やちむん」。やちむんとは「焼き物」のことで、沖縄の土でつくられた厚みのある陶器に絵付けがされたもののことを指します。しかし、伝統工芸は後継者不足に悩まされていることも多いもの。そこで「若い世代の職人に、なぜ伝統工芸に携わろうと思ったのか聞いてみたい」と思いました。

調べてみると、見つかったのが糸満市で「やちむん工房 結」を営む賀数郁美さん。2016年、最年少(当時33歳)でやちむんの伝統を担う壺屋陶器事業協同組合に所属した方です。賀数さんに会いに行くと聞かせていただいたのは、「伝統を守りたいからこそ、今は作らない」という意外な言葉でした。やちむん職人以外にも農業やカフェ経営も行う賀数さん。その選択には、どのような想いがあったのでしょうか。

作品が展示されているギャラリー。カフェ「畑の茶屋 結」の庭にある。入り口に置かれている草履は賀数さんがつくったもの

島を出て知った、沖縄文化の魅力

もともとは沖縄が嫌いで、高校を卒業したらすぐ内地に行こうって思っていたんですよ。 “人が集まる”っていう文化が嫌いだった。親戚や家族が集まったとき、格好や髪型についていちいち言われるのが面倒くさいんですよ。それで、高校卒業後は千葉県で働き始めました。でも紹介してくれたのが沖縄の人だったということもあって、職場全員が沖縄出身だったんです。飛び交っているのも沖縄の言葉。いやいや、嫌いで出てきたのにここで方言か……と。でもテレビを観ていたら、たまたま沖縄特集の番組がよく目についたんです。沖縄の文化や琉球時代の歴史をあらためて知って「沖縄っていいところだな。帰りたい」と思うようになって。あんなに嫌いだったのに、1年半後くらいには沖縄に戻ってきました。

那覇のやちむん通りを通ったとき「陶工募集」っていう張り紙を見つけて、その場ですぐ電話して翌日見学に行きました。ラジオから民謡が流れていて、職人がろくろを触ってる。この光景を見たとき、稲妻が走ったというか……僕が独立している様子が見えたくらいの感覚に襲われて。その日のうちに弟子入りしました。

やちむんは素人からスタート。親方に人間国宝の金城次郎さんの話をされたときも、たまたま同姓同名だった祖父と勘違いして話が噛み合わなかったという

貴重な資源と伝統を次世代に残すための選択

やちむんは、1年半前から完全受注生産に切り替えました。すると、それなら要らないという人もいっぱいいるんですね。 簡単に買えない、ここに僕の意図があります。なぜなら、沖縄の土を守るため。組合の会議で「土が無くなる」という議題が続いたので調べてみたら、土を1センチ作るのに数万年から350万年くらいかかるらしいということを知ったんです。地球が46億年かけて作ってきた土を、この2~300年の文明で使い果たそうとしてるんじゃないか。組合の先輩からは「あと100年分くらいはあるから大丈夫」と言われたけど、じゃあその先は?

先輩たちが伝統工芸を支えてくれたからこそ今があるということにはとても感謝しています。ただ、時代に合わせて変わる事も重要なのです。伝統工芸は、次世代にバトンタッチするかたちで受け継がれてきた。でも、土はいつか枯渇してしまう。それって恐ろしいことですよね。使う土を少しでも減らすため、僕が陶芸を辞めようと思ったこともある。でも「土を大切に使う」っていう精神を持った人がいなくなると、枯渇を加速させるんじゃないかと。だからなるべくいろんなところでこの話をして、みんなが土のことを考えるきっかけを作りたいと思って。なるべく使わない方向に切り替えたという感じですね。本当に伝統工芸を残したいなら、土の問題と正面から向き合って取り組んでいかないといけない。

ただ、簡単には受け入れてもらえないです。ずっと作り続けてきた職人たちばかりなので。作る量を減らしたとき、どこから収入を得れば良いのかが問題。だから僕は、半分は農業をして、カフェも開いて、別のところからお金を調達して生活を成り立たせる、というやり方に切り替えました。土が無くなることはみんな把握しているので、このやり方が成功したら賛同してくれる人も増えるんじゃないかと期待を込めてやってます。

「買い手にも考えてほしい」と賀数さん。地球が数万年の時をかけて作った土でこの器は出来ている。そういうスパンで見れば、より大切に使おうと思うことができる

実は、やちむんの値段ってほぼどんぶり勘定。親方よりは少し下げて出そうとか。僕も独立して3年はその感覚でやってました。でも、9時から24時まで働いてたくさん売っても貯金がずっと減っていく。計算してみたら、僕の時給300円くらいなんですよ。8割は赤字商品で、作るほどマイナス。利益が出るように値付けしたら、これまでの5倍の金額になったんです。周りから「金に走ったのか」と言われましたけど、これが妥当な値段なんですよ。30年後は、僕がつけてる値段が一般的になると思ってます。伝統工芸を次の世代に残すためには、儲かる職業になっていないといけない。それは、僕らの時代に決まることなんです。

伝統を受け継ぐために、変えていきたいもの

沖縄で生まれ育って伝統工芸をやるからには、沖縄らしい器を作りたい。それで「沖縄らしいってなんだろう」って考えたとき、“クバ”しか思いつかなかったんです。

賀数さんが作ったクバオージ(沖縄の民具)。小さい頃、祖父母の家に遊びに行くと畳の部屋にポンと置かれていた。この光景が印象深く「これぞまさしく沖縄」と思ったとのこと

でも、このデザインで作っていた職人が過去にいない。だから「これは沖縄の伝統工芸じゃない」って言われるんです。それで「伝統ってなんだろう」って考えた。昔から受け継いだものを変えてはいけない、と捉えている人が多いと思うんですけど。自分なりに調べていく中で「現代の職人が、縛りの中で新しいことに挑戦する」のが伝統なんだということに気付いた。つまり、革新するということ。沖縄の土、沖縄の原料、沖縄の技法。そして、琉球時代から民具として使われてきたクバ。なんにもブレていない。「これが伝統の作品だと自信を持って作陶している」と言えます。

カフェ「畑の茶屋 結」のスイーツとドリンクは、クバが描かれたマグカップとお皿で提供される。ケーキは乳製品や卵を使わないヴィーガンで、上に乗っているのは自然栽培で育ったスターフルーツ

伝統工芸を残すために生まれた、と決める

今後やりたいのは、個展です。土の問題を広めていきたいので、トークライブ方式で。それから、娘たちが中学生くらいになったら嫁と2人で海外留学に行きたいですね。いろんなところで、陶芸や民具作りを学びたい。常に新しいことをやっていきたいんです。

陶芸は受注生産でしかつくらないし、農業もカフェも民具作りもやる。だから「お前は何をしたいんだ?」とよく聞かれますよ。ぶれていないのは、ただ「伝統工芸を残したい」っていうこと。

「畑の茶屋 結」は、昔の沖縄を感じられる赤瓦の古民家カフェ。自然栽培の島野菜を使用したランチを提供。沖縄で自然栽培に取り組む農家を応援したい、という思いがカフェのオープンに繋がった

僕はね、小2のときに自殺を考えたことがあるんです。当時家が貧乏で、僕が死んだらお金が入って母親を助けられるんじゃないか?と思ったんですね。でも「死んだらお母さんが悲しむ」と分かってたから、自殺しなかった。死ぬことを考えてから「僕はなんのために生まれたのかな」って考えるようになりました。最近、その答えが見つかったんですよ。僕は、次の世代に伝統工芸を残したい。そのために生まれてきた、と決めました。

農作業中の賀数郁美さん。7月15日、自身のInstagramで「受注生産を受けるタイミングも減らしていく」旨を投稿。やちむん職人と農業の両立を、彼は『半農半陶』と呼ぶ

 

 

伝統を残すために、「受注生産」という選択をした賀数さん。いずれ土が無くなるのは変わらない事実だとしたら、この考えが少しずつスタンダードになっていくように思いました。新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちは「常識を見直す」時期に突入しています。変えていくことは大きな困難が伴いますが、未来をつくるために変化は必須。伝統工芸も、その在り方を少しずつ変えていく時なのかもしれません。

 

※この取材は2019年12月に実施したものです。

 


 

取材協力

やちむん工房 結 
・Instagram:https://www.instagram.com/yachimun8641/
・Facebook: https://www.facebook.com/yui86418641/

 畑の茶屋 結
・Instagram:https://www.instagram.com/hatakechaya_yui/

 


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