千葉と埼玉の県境にある流山市、その南西部に位置する流山本町地区。ここが近年、情緒あふれるレトロな街並みに変わってきていることをご存知でしょうか。某テレビ番組で訪れたマツコさんが「私の知っている流山と違う!」と驚いたとか。実際に町を歩いてみると、いくつもの古民家カフェやギャラリーが点在。それらのお店にはひとつの共通点があります。いずれも築50年以上の建物を改装して造られ、店舗のオープンにあたって流山市の補助金制度を活用していることです。
築100年以上の納屋がカフェに生まれ変わるまで
流山市にあるカフェ「tronc(トロン)」。思わず通り過ぎてしまいそうな小道を抜けて辿り着く隠れ家の趣。
流山で知る人ぞ知る人気のカフェ、「tronc(トロン)」。県内外からたくさんのお客さんが訪れる、雰囲気のいいお店です。運営するのは、東京のパティスリーで働いていた高楠友和さん・あきさんご夫婦。
ふたりが独立開業を考えて出店先を探したのは2015年のこと。そんな折、流山出身の奥様あきさんのご両親から教えられて補助金のことを知ります。
「流山本町・利根運河ツーリズム推進事業補助金」は、市内の特定エリア内の歴史的建造物を貸し出し、そこで開業する際の改装費や賃借料の一部を補助する制度。ふたりはすぐに流山市役所に話を聞きに行きました。その数カ月後に市役所から「見てほしい物件がある」という連絡が入り、出合ったのが現在の店舗。正確な建築年は記録に残っていないものの確実に100年以上は経っている建物で、歴史や雰囲気に魅力を感じつつも、あきさんとしては「ここを本当にお店にできるんだろうか」と不安もあったそう。しかし、大工仕事が得意だった友和さんは一目で気に入り、ここを店舗にすることに即決しました。
ふたりが初めてこの場所に来たのは、2015年11月17日。当時「ましや」の納屋として使われており、物でいっぱいだった。しかし基盤がしっかりしていたので、飲食店として再利用することができた
店を出すことは決まりましたが、本当に大変だったのはそこから。補助金制度を使用するためには、何としても会計年度内の3月末までにオープンする必要があったのです。ふたりは12月まで東京で働き、実際に流山で開店準備に動き始めたのは、年が明けた1月8日から。
工事開始時期の様子。床や屋根、ドアの補修を業者に頼み、それ以外の場所はほぼ手作り。なるべく地元の業者に依頼をした。お店作りに関わった人が、今でもたまに顔を出してくれるのだとか。オープンまでの様子はアルバムにまとめてあり、いまも店内で閲覧することが出来る。
2016年1月に工事開始、オープンしたのは3月30日。たくさんの人の力を借りて、短期間で無事に店を開くことが出来ました。文字通り「作る」ところから関わったため、ふたりの愛着はひとしお。工事に関わった業者や自治体職員からも愛されるお店となりました。
木造なので長年の湿気や気温による歪みがあり、真冬などドアが開けにくいこともあるけれど、それも古民家ならではの味。建物の個性として、うまく付き合うことができているそうです。
補助金制度による自治体のサポートは3年間。2019年3月で、その期間が終了しました。これからは長く地元に根付くことを目指して、自分たちの力でお店を育てていきたいと高楠さんご夫妻は語ります。
古民家ならではのレトロな趣は残しつつ、手作りで仕上げた居心地の良い空間。友和さんが作るケーキは絶品で夕方には売り切れてしまうことも多いそう。
貸し手と借り手の関係性が重要
流山市の古民家再生プロジェクトは、開業する人の意欲や努力だけではなく、地元で物件を保有する方の多大な協力を得て成り立っています。いくら保存する値打ちのある物件でも、貸し手がうんと言わなければ貸し出すことはできません。実際、自治体と保有者の交渉がうまくいかず取り壊されてしまった建物も多いそうです。
1859年創業の「ましや呉服店」。「tronc」はこの店の裏庭にある納屋をリニューアルし、オープンした。店舗横の土蔵は、流山市の指定有形文化財に登録されている。
カフェ「tronc」の大家は、地元の老舗「ましや呉服店」6代目・古坂多さん。流山市商工会議所の役員も勤めるなど、地元からの信頼も厚い経営者です。
建物は「ましや」の納屋で同じ敷地内にあり、貸し出すことには当初は抵抗感もありました。しかし、ご夫婦の人柄を知り、こういう人たちに使ってもらえるのであれば、と貸し出しを決心したとのこと。
カフェが出来たことで人が集まるようになった現在では、大家の古坂多さんも嬉しく感じているそう。まったく問題がなかったわけではありません。それでも双方の努力と歩み寄りがあって古い納屋が生まれ変わり、新しい人の流れが出来ていることは事実。古民家の再生には、貸し手・借り手の良好な関係性も重要です。
「ましや」土蔵内には、明治時代に使われていたレジスターなど歴史を物語る貴重品が多数展示されている。地元の小学生が社会見学で訪れたりもするそう。
古民家再生を機に生まれ変わった人と町
流山市では、「tronc」を含め7軒が「流山本町・利根運河ツーリズム推進事業補助金」を活用(2019年5月現在)。この制度の立ち上げメンバーでもある市役所の流山本町・利根運河ツーリズム推進課・井戸さんからもお話を聞くことができました。
きっかけは、市長が2011年掲げた「観光交流人口を4年で2倍に」というマニフェスト。地元出身の井戸さんとしては、流山に「観光」というイメージを持つことが出来ませんでした。
こんな場所でどうやって……と悩み、市内を歩き回っている中で、あることに気付きます。それは、使われていない古い建物が多く残っていること。なんとか活用できないものだろうか? 試行錯誤を重ね、歴史的建造物を再利用するための補助金制度が生まれました。
2010年に流山市が手掛けた古民家再生第1弾、「万華鏡ギャラリー寺田屋茶舗 見世蔵」。1889年にお茶屋として建てられた土蔵で長年倉庫として使われていたが、家主を説得して賃借、地元出身の万華鏡作家のギャラリーとして活用することに。集客に繋がったことをきっかけに、補助金制度が作られることになった。
補助金制度の活用第1号、フレンチレストラン「丁字屋」。1923年建築された町家造りの建物で、もとは同名の足袋屋。家主は当初「こんなところ誰も借りない」と貸し出しを許可せず。そこで市役所職員が内部を清掃し、取り組みに共感した現オーナーが開業。本格的なフランス料理を食べられる古民家レストランは地元の人気店に。
古民家再生プロジェクトの「見世蔵」と「丁字屋」が成功したことにより、「流山のこのへんに人が来るはずがない」と言っていた住民たちの意識も変わりました。昔からあったものが、見方を変えれば観光資源になることに気付いたのです。もともと流山は江戸川の水運で古くから商業が栄え、白みりん醸造の発祥地でもあります。それまで意識されなかっただけで、たくさんの歴史的価値が眠っていたのです。
地元住民がボランティアで創り始めた切り絵行灯。流山在住の作家により製作された。いまでは本町エリアの多くの店舗前に設置され、夕方になると歴史の趣を感じさせる優しい光が灯り、街を歩く人々の目を楽しませている。
市主導の取り組みが民間にも良い影響を与え、名産品の白みりんを使ったグルメ・スイーツを提供するイベントが企画されるなど、観光のバリエーションはどんどん広がっていきました。
街の歴史スポット各所を巡る市民のボランティアガイドも結成され、今では年間1万人以上を案内。流山市役所の井戸さんによると、流山を訪れる観光交流人口は年々増え続けているのだそうです。
流山に行ってわかったことは、見方と取り組みが変われば、眠っていた地域の魅力を発掘できるということ。「人が住んでいるところには必ず歴史や文化がある。そして、それは磨けば光る」という流山市役所の井戸さんの言葉が強く印象に残りました。
流山本町が変わったのは、歴史的建造物の再利用という取り組みがきっかけでした。きっと他のエリアでも「磨けば光る」ものは眠っているはずです。
取材協力
tronc(トロン)
千葉県流山市加6-1300(ましや呉服店横の小道の先)
https://www.cafe-tronc.info/
ましや呉服店
千葉県流山市加6-1300
http://www.mashiya.com/
流山市役所
「流山本町・利根運河ツーリズム推進事業補助金」について
https://www.city.nagareyama.chiba.jp /tourism/1013052/1013053.html
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