1812年創業。歴史ある酒蔵が念願の復活

日本が誇る国酒「日本酒」。酒蔵は全国各地に点在しますが、東京23区には現在1カ所だけ。それが、都心・港区にある「東京港醸造」。代表の斎藤俊一さんは1812年に創業し1910年に廃業した酒蔵「若松屋」の7代目にあたり、いつか酒蔵を復活させたいと思っていました。そこに、30年勤めた大手酒造メーカーを退職した杜氏の寺澤善実さんと運命の出会いがあり、念願だった酒蔵を2010年に復活させたのです。

酒づくりの舞台は4階建てのビル

酒蔵は4階建てのビルで、床面積22坪の狭さ。そのため作れる数も限られ、出荷数は週にタンク(一升瓶で約300本)4本ほどですが、瓶の中に思いがいっぱい詰まっています。

日本酒といえば「醸造用の水はどこのもの?」と気になりませんか? こちらでは「東京の水道水」を使っています。「どこの水を使っているのかとよく聞かれますが、私は堂々と東京の水道水と答えるんです」とほほ笑む斎藤さん。こんな発言ができるのも明確な理由があるから。東京の水道水は高度浄水処理がなされ、高品質かつ安全であることは世界的にも知られています。さらに酒づくりに支障のある鉄分やマンガンなどを含まないうえに、硬度も酒造りで有名な京都の伏見に近い中軟水なので適しているそう。良い水があるからこそ江戸は栄えたのだと、なるほど「東京の水道水」への認識が変わりました。

4階は麹室と蒸米、3階を洗米、2階を発酵・搾り・貯蔵、1階を瓶詰めのフロアにして、ビルの4階から1階に向かって酒づくりができる仕組み。限られたスペースで効率よく作業できるように工夫。瓶詰めのテープ貼りまですべて手作業で行っている。

おいしさと効率の両立を目指した米吟醸原酒

次にこだわったのは、「純米吟醸原酒」を中心と据えたところです。貫いたのは日本酒のおいしさをダイレクトに伝えるとともに、工程を半分に減らし効率よい醸造を目指した結果。酒をしぼった後に割り水や炭素ろ過する酒蔵もありますが、こちらでは朝しぼってそのまま瓶に詰めて出荷する「直汲み今朝搾り」方式。つまり、東京の居酒屋では夕方しぼりたてのフレッシュな酒を口にすることが可能。だから、東京港醸造には貯蔵タンクがありません。

「平屋の酒蔵で行われている横の作業を“縦”にしただけ」と杜氏の寺澤さん。

酒造りで大切にしている点を寺澤さんに尋ねると、「衛生ですね。口に入るものだからこそ、いちばん気を付けなくてはいけません。これは大切なこと。ですから麹室の作業もきちんと服を着て、帽子と手袋をしておこないます」。麹が菌で汚染されないように湿度や気温にも細心の注意を払っていて、近代的なビル内での酒造りは、その意味でもメリットがあるのだそう。

日本酒は子供と一緒。作る過程=子供の成長を見守っているようなものとうれしそうに話す姿から、日本酒への深い愛と尊敬の念が伝わってきます。

杜氏という仕事を一時、夢見たこともある私。資質を伺ったところ、「酒づくりは1人ではできない。チームワークが大切です。1人でも違う方向に行ってしまうと、酒の味にも影響してしまいます。みんなの心がひとつになってこそ、いい酒ができる。いかに楽しみながら作れるかですね」。酒をつくる日々の中で、その奥底にひそんでいる可能性をどうすれば開花できるか、つねに考えながら作っているそうです。

杜氏にとっての都はいつのまにか「東京」

二日酔いを日本酒のせいにしている方はいませんか?「日本酒は本来、米と米麹、水のみで作られたシンプルな酒で防腐剤も使用しません。飲みすぎなければいいんです、それだけのこと」と話す寺澤さんは、京都生まれ。京都で酒づくりを学びましたが、人生の半分を東京で過ごし、「京都から東京に戻ると、帰ってきた!と思うようになりました(笑)」。

「いろいろなことが起こっても、克服すればいい。失敗と呼ばず、成長と捉えて前進していきたいです」(寺澤さん)

これからも東京にこだわって展開

代表の斎藤さんに酒づくりで寺澤さんに要望を出すことがあるかを伺うと、「一切、口を挟みません。すべておまかせしています」ときっぱり。酒作りに情熱を注ぐ寺沢さんを温かく見守る斎藤さん。だからこそ生まれた酒の名前は、東京の以前の名前を冠した「江戸開城」。さらに、東京でとれたハチミツや小平市でとれたブルーベリーを使用しているリキュールなども販売。これからも「東京」にこだわって展開していくそうです。

そんな情熱あふれる「東京港醸造」では、蔵人を募集中。酒造りをしたかった方、夢を叶えるチャンスです。

店頭では、「純米吟醸原酒 江戸開城」(720ml 1800円~)を季節ものも含めて10種以上販売。他に「リキュール PLUM」(290ml 725円)、「どぶろく 江戸開城」(290ml 725円)などもそろえる。※「東京港醸造」店頭のほか、都内各種酒販売店、百貨店等で販売

限定生産の日本酒を350円でテイスティング可能

東京都港区の酒蔵「東京港醸造」では醸造される数にも限りがあり、決められた店でしか飲むことができません。希少な酒を確実に飲めるのが、「東京港醸造」の敷地内に出店するワゴン車スタイルでの立ち飲みです。ワゴンの冷蔵庫には、純米吟醸原酒のしぼりたて、あらばしり、うすにごり、生酒など10種以上をそろえ、ここでしか飲めない銘柄も。気軽に飲んでほしいからと、グラスで350円のリーズナブルな価格設定。リキュールやあまざけ、自社商品以外にも、杜氏が全国各地から厳選した銘酒も置いてあります。

クセがなくさらりとしていて女性におすすめ

「東京港醸造」のお酒の味は、酸味や甘味、苦みはなく全体的にさらりと、後でふわりと口に中で心地よい吟醸香が広がるのが特徴。クセがなく飲みやすいので、女性や日本酒初心者にもおすすめです。銘柄をよく知らなくても好みの味を伝えると選んでくれるので、日本酒初心者も安心。代金はその都度支払うキャッシュオンデリバリ―の明朗会計。お酒好きが集うので、隣り合わせたお客さんと日本酒談議の花開くことも多々。店は18時~、土日祝と荒天候を除いて毎日営業しているので、興味がある方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょう?

東京港醸造(とうきょうみなとじょうぞう)
東京都港区芝4-7-10
TEL 03-3451-2626
※酒蔵見学は実施していません


取材・文/中沢文子 撮影/中川トモコ


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