日本の国酒として長い歴史をもつ日本酒。酒蔵といえば、広大な敷地があって歴史を感じさせる昔ながらの蔵造りの建物が並ぶ、そんなイメージを軽やかに裏切る超コンパクトな空間で酒を醸す。しかも、美味しい。それは一体どういうことかと全国的にも注目され始めた名人がいる。
東京23区内に唯一残る都心の酒蔵「東京港醸造」の杜氏、寺澤善実さん。出まれも育ちも京都。京都伏見の大手酒造会社に就職したが、東京に移って東京の酒をつくり、たまに帰る京都よりも東京の方がずっと好き。そう言い切る寺澤さんに、今までの酒造り人生についてのお話を伺った。
以下、インタビュアーは、酒場ライターで日本酒をこよなく愛する中沢文子さん。
 

日本最小の酒蔵を可能にした、経験と技術

一見なんの変哲もない路地裏のビルが、寺澤杜氏の率いる酒蔵「東京港醸造」。4階建て縦長スペースを上手に使って酒をつくり、できたての多品種少量のお酒は直売所と取引先酒販店で購入できる

――寺澤さんといえば、コンパクト酒蔵。いろんなところに広がっているようですね。

製造の技術指導という立場でかかわったのですが、都心のたった8坪の空間でも洗米から蒸米、麹造り、発酵、瓶詰めまで、すべてできることを実証できました。日本最小の酒蔵といって間違いないのではないでしょうか。

――つくる場所として、どうして東京都心だったのでしょうか?

東京は日本の首都で全国から人が集まってくる。ここでヒットすれば、さらに新しいことにも挑戦できます。実際のところ、現在いくつものお話をいただいて、北海道、宮城、兵庫、福岡など日本各地で小さな酒蔵のプロジェクトが進行中です。

――構想から実現までに、どのくらい時間がかかるものですか?

直近の案件は、お話をいただいてから2年ほどかかりました。仕組みだけでなく人づくりが重要。醸造所で酒を造る杜氏も育てました。
日本酒離れがいわれて久しいですが、なんとか若い方に興味を持ってもらえたらと思っています。都心のビルの中でも、こうして日本酒をつくって出せる。それならば他のところでも何かつくれるかもしれない。つくり手に夢を持って取り組んでもらいたいですね。
 

杜氏の運命を変えた良きパートナーとの出会い

いったんは歴史が途絶えた江戸創業の酒蔵を東京港区芝という都心のビル街に復活させた「若松屋」7代目当主の斎藤俊一さん(写真・左)。寺澤杜氏の良き理解者で、信頼できる事業パートナーでもある

――寺澤さんの小さな酒蔵の原点とは、やはり「東京港醸造」でしょうか?

じつはその前で、いまから20年近く前に「台場醸造所」というのがありました。お台場のレストランに併設された15坪の小さな酒蔵で、京都の文化を東京に広める、という目的で造られたものでした。
もともと私は京都生まれで京都伏見の会社で日本酒を造ってきて、「台場醸造所」の醸造責任者として初めて東京に異動になったんです。
その台場醸造所を「若松屋」の齊藤さんが見学に来てくれて、所有する自社ビルで酒造りができないかと相談されました。

――運命の出会いですね。すぐに引き受けたんですか?

いえ、その規模では採算ベースにのらない、止めた方がいいと当初はお答えしました。しかし、歴史ある酒蔵をどうしても復活させたいという齋藤さんの熱意に打たれたのと、2010年に台場醸造所が閉店になったことから「東京港醸造」の杜氏になりました。

――都心のビル内に酒蔵。これまた日本初の試みだったと思いますが、苦労された点はありましたか?

4階建てのビルで各床面積が22坪、いかに効率よく酒造りができるかに焦点をあて、4階から1階までスムーズに作業が流れるように配置を工夫しました。もちろん効率面だけでなく、食品ですから美味しさや安心安全は最も重要で清潔第一は当然のことです。

――東京港醸造は、どぶろく造りからスタートして、ここまできました

そうですね。酒類製造免許を取得すること自体が容易ではないんですよ。まず2011年に、どぶろくとリキュールの免許を取得して地道につくり続け、2016年にやっと酒類製造免許をいただき日本酒が造れるようになりました。それが「江戸開城」という酒になります。

――酒造りといえば、素材すべてが東京産にこだわった日本酒もつくられていますね

江戸時代1898年に純粋培養された酵母が最近発見され、水、酵母、米、土地すべて東京産にこだわった「純米吟醸原酒 江戸開城 ALL TOKYO」という日本酒を、昨年造りました。
なぜ今まではつくれなかったのか?その理由はよくわかりませんが、とにかく陽の目を見なかった。
造ってみたところ香りが穏やかで味のバランスが非常によく、結果として現代の東京にマッチしている気がします。不思議なもんですね。

江戸時代から伝わる2種の酵母をそれぞれ使用。東京産の食米を東京の水で醸し試作を重ねて完成した、東京港醸造最新の日本酒


コンパクト型酒蔵が拓く、日本酒の新たな可能性

――現在のお話に戻ります。いまや特許技術でもあるコンパクト酒蔵、このアイデアはいつから考えていたんですか?

2003年に「台場醸造所」を立ち上げた当時から考えていまして、この件にかぎらずアイデアが浮かぶと、忘れないように都度ノートに記録しています。

――小さな酒蔵は、どのくらいコンパクトなものにできるのでしょう?

製造する機械は手で持ち運べるほど小型なもので、あとはタンク、麹、蒸し器があればできるので畳2枚分で可能です。できた酒を何に詰めて出荷することにするか、その後の工程で決まりますね。
あとは人員の問題もあります。スペースが小さいと入れる人数は限られてしまうので、それで作業できる工程を考えないといけません。

――長い日本酒の歴史のなかで、酒蔵を小さくしようと誰も思わなかったのでしょうか?

最初にいったように採算が難しいですし、伝統の技や歴史を大事にする文化なので変えようと思わなかったのでは。昔は土地はいくらでもあったし蔵内を横に拡大すればよかったから、その必要も発想もなかった。
今は、小さくすることで場所の制約から自由になれる。良い米と良い水があれば技術とアイデア次第で、もっといろんなところでつくれるようになるのではないかと思っている次第です。

――なるほど。小さな酒蔵での酒造りは、パソコンがケータイになった感じですね。今後の展開が気になります

2019年10月に、小さな酒蔵づくりの専門コンサルタント会社「東京港醸造株式会社」を起業し、多々お話をいただいています。
そのほかにも、小型製糀機の特許技術を取得したほか、コンパクト型酒造りの「クラフト蔵工房」の商標登録も申請中です。
日本は世界有数の発酵文化の国なので、日本酒以外に「クラフト蔵工房」の味噌や醤油、麹なども展開していきたいと思っています。

――寺澤さんには、この先、挑戦したい夢はありますか?

2025年の関西万博(正式名称「日本国際博覧会」)に「クラフト蔵工房」の店を出したいですね。それから、移動可能なコンテナで世界をまわって日本の発酵文化を広める、という夢もあります。
もちろん国内でも、旅の途中下車のきっかけになるように、いろんな駅や空港の構内に酒蔵を造って集客するのもいい。その土地ならではの美味しいお酒で日本中を元気にしたいですね。

――すごい、夢が大きく広がりますね!

実は遠隔操作での日本酒造りというのも考えています。東京から遠隔操作してアメリカで造るとか。コロナ禍のこともありますが、それだけじゃなく今後の人口減少など考えると、こうしたことも考えていく時代になるのかな、と。

――ご出身の京都で何かやってみたいと思うことはないんですか?

そうですね、祇園の町家で酒造り、とか?(笑) それだって出来なくはないと思っています。
京都に限らず、日本は小さな島国だけど自然豊かでスキーもできればダイビングもできる。酒や味噌、醤油、おいしい食文化があります。こんなに素晴らしいものをたくさん持っているのだから、なぜもっと武器にしないのでしょう?
やり方次第で、まだいかようにも発展できると思っています。

――寺澤さん、いくつになってもチャレンジ精神旺盛ですね

そうですね、老化という言葉にはマイナスイメージがありますが、私は40年以上の経験を積んできたおかげで今があると思っています。若い頃は知恵も経験もないから、挑戦しても不可能だったでしょう。
年を重ねていくことが幸せにも繋がるのだということを、若い人に知ってほしいです。

――閉塞感がある今ですが、なにも悲観的にならなくていいということですね

世の中は光と影で出来上がっていると思いますが、影から光を見るのではなく、光のあるところから影を見た方がいいと思うんです。
たとえば、予定されていた東京オリンピックが延期になってしまいましたが、アスリートは一時がっかりしても努力を続けていますね。彼らのように、光の中にいながら光へ向かって前進していく人生の方が、より楽しく有意義なものになると私は考えています。

 

寺澤善実(てらさわ・よしみ)

昭和54年、黄桜株式会社入社、約21年にわたり清酒製造工程全般を経験し技術習得
平成12年、「台場醸造所」開店当初の立ち上げから醸造責任者、後に総支配人を兼任
平成23年、株式会社若松屋(現・株式会社若松)その他の醸造酒とリキュール免許取得
平成27年、株式会社若松 取締役杜氏 平成28年、 株式会社若松 清酒製造免許取得
令和元年10月、株式会社 東京港醸造株式会社 代表取締役
各種清酒鑑評会にて受賞歴多数、平成24年~令和元年までSake Competition審査員

公式ホームページ
http://terasawa.tokyo/index.html


取材・文/中沢文子

人物撮影/中川トモコ


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