意外に知られていないことですが、神奈川県は丹沢水系をはじめ豊かな伏流水に恵まれ、大小13の酒蔵が点在します。
なかでも、酒米作りから行う「栽培醸造蔵」として全国的にも知られるのが、海老名市にある「泉橋酒造」。
都内からは小田急線で1時間弱と近く、見学者も多く訪れる、開かれた印象の酒蔵です。

泉橋酒造の社長で蔵元六代目の橋場友一さん。明るくスマートな印象で酒造りの話になると止まるところを知らず、情熱が感じられる

「米作りからの酒造り」を始めたきっかけ

安政四年(1857年)創業の泉橋酒造6代目の橋場友一さんは、大学卒業後、就職して関西へ。1995年に起こった阪神大震災をきっかけに、前々から考えていた家業を継ぐ決心を固め、実家に戻ることにしました。

ちょうどそのタイミングで食管法が撤廃され、自社で酒米を作れることになったので、さっそく始めてみることに。

そもそも泉橋酒造のある相模川流域はミネラル豊富な丹沢水系の地下水に恵まれ、2000年以上の歴史をもつ穀倉地帯。橋場家でも、昔から米作りを行っていたそうです。

酒造りに使う米の7割は地元の農家に委託、2割は自社で生産、残りの1割だけが他県で作られたもの

泉橋酒造では「酒造りは米作りから」という信念のもと、広さ46ヘクタールの水田で自社および契約で栽培を行い、海老名産の山田錦や楽風舞などの酒造りに適した品種の米を生産。
人の口に入るからこそ安心して飲めるものを。そんな思いから、農薬不使用もしくは低農薬の米を作っています。

「始めた当時、酒米から日本酒を作っている蔵は少なかったですね。また、山田錦は兵庫県内だけというイメージがあり、ここで作ったのは画期的なことだったと思います」(橋場さん)

さらに「さがみ酒米研究会」を立ち上げ、現在も月1回、酒米についての勉強会を開催。土壌を分析したり栽培方法についてなど、常に研究を続けているそう。
 

自社精米により、酒米の品質を徹底管理

酒米は作っていても精米は委託という酒蔵が多い中、泉橋酒造では自社で精米作業も手掛けています。
というのも、同じ田んぼで栽培された酒米であっても、その年の天候などの条件が少しでも変わることで品質が変わってくるからだそう。

「質のいい酒米は精米するのに時間がかかり、悪いものは早く済みます。自社で精米することで、外に出すと見えづらい部分も見えてくるので、自社で精米しているわけです」

じつは、精米は酒造りの決め手。この妥協しない姿勢から美味しい日本酒が生まれてくるのだと納得できます。

アルコールを添加しない「全量純米酒蔵」

「全量純米酒」にこだわっているのも特筆すべき点です。

「古代から日本酒は、米と米麹を原材料としてきました。個人的にもアルコールの添加が嫌で…。せっかく酒米から作るなら、全量純米酒にしようと思いました」

しかし全量純米酒の問題は、出来上がる日本酒の量が減ること。アルコール添加なら3本できるところが1本、量が半分以下に減ってしまったそうですが、信念を貫き10年かけて全量を純米酒に切り替えたそうです。

「量が減るってことの大変さが、よくわかってなかった (笑)。いま考えると、若かった。勢いですね!」と笑いながら話す橋場さん。
 

データを活用しながら伝統の酒造り

酒蔵の中も見学。酒造りの現場をご案内いただきました。

仕込みの量に関係なく、麹米はざるで手洗いし、蒸米には和釜を使用しています。特に洗米と製麹は、人間の肌でしかわからない微妙な質の違いを見極めたいからだそう。
製麹室で麹をほぐす作業は手袋をして行うなど、衛生面は徹底管理されていました。

お酒の神様に見守られて。おいしい日本酒は、手間と愛情をかけて生まれている

 

酒造りの伝統を守る一方で、近代的な面も随所に見られます。
たとえば、酒米を作る田んぼや生産者、酒米の品種、精米時間、温度経過、麹の仕上がり具合など、酒造りのデータはすべて記録。

「データをとることで品質を安定させる、それだけではなく、生産者にフィードバックもでき、今後の酒造りに役立つと思っています(橋場さん)

酒蔵の外に広がる水田は、冬場も水をはる「冬期湛水」(とうきたんすい)という土作りの手法を採用。稲作だけでなく、田んぼで育つ生き物たちの調査も行っている

赤とんぼが戻ってくる安全な田んぼで

6代目が酒蔵に戻ってきた1995年は、WINDOWS95が発売された年でもあり、さっそく自社のホームページを作り公開しました。

このホームページが、得がたいマーケティングのツールになりました。たとえば消費者も参加できる米作りイベントを企画して参加者を募集すると、確かな反響がありました。
泉橋酒造のシンボルとなった赤とんぼのマークも、もとはお客様への御礼状などを出す際に落款がわりに使用していたもので、それをラベルにしたら面白いのではということで現在の商標となったものです。

「とんぼは田んぼで生まれて育ちます。米の栽培時に農薬の使用量を減らしたら、赤とんぼの数が増えました。安心できる酒米を作るには、赤とんぼが戻って来れる安全な田んぼにしたらいいんです」

ラベルのデザインは季節で変わりますが、冬には足元の土中にとんぼの卵がある雪だるま、夏には幼虫のヤゴを描くなど、とんぼで統一されています。

子どもから大人まで広く楽しめるものを

敷地内にある「酒友館(しゅゆうかん)」で、試飲をして味を確かめてから購入ができます。

さっそく試飲してみると、丹沢の硬水のおかげで、深みやコクがありながらも全体的に後味がすっきり。食中酒にもおすすめの、まさに飲んべえな私好みのお酒でした。

酒友館に並ぶ商品は「特選 生酛仕込 純米大吟醸 いづみ橋」(720ml 4000円)、 「恵 青ラベル 海老名産山田錦 純米吟醸」(720ml 1600円)、「とんぼスパークリング」(720ml 1600円)、「純米梅酒 山田十郎」(500ml 1200 円)など、約30種がそろう

オリジナルの「平盃」(333円)、「とんぼとっくり」(600円~)などの酒器も販売

酒造りから派生して酒器や調味料、甘酒、粕とり焼酎も生産・販売するなど、日本酒以外の新しい商品作りにも取り組んでいます。子どもたちや、お酒が苦手な人にも酒造りの文化に触れて欲しいからだそう。

2016年には、料理と日本酒のペアリングを楽しんでほしいとの想いから、直営のレストラン「蔵元佳肴(くらもとかこう)」を海老名駅近くにオープンしました。

「駅前にレストランを作ったのは、ペアリングの提案はもちろんですが、酒蔵を見学してもらうきっかけにしたくて。興味をもったら、どんなところで作っているのか、ぜひ蔵を訪れてみてください。のんびりした田園風景もいいものですよ」(橋場さん)

泉橋酒造では、定期的に酒蔵見学会を開催する他、2月には「蔵開き」、またレストランとのタイアップで「見学&ペアリング」も不定期で実施。
2020年は「田んぼからテーブルまで」をテーマにさまざまなイベントを展開していくそうです。

Information

参加申込制の酒蔵見学会(1800円、人数限定)を開催。不定休あり、詳しくは問い合わせを。下記ホームページから要予約

 


泉橋酒造

神奈川県海老名市下今泉5-5-1

TEL.046-231-1133 http://izumibashi.com/


取材・文/中沢文子 撮影/奥西淳二


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