大人の一歩を踏み出す門出の日、成人式あらため「二十歳の集い」を彩る華やかな振袖姿だが、ひとつの変化が起きている。
従来の「購入」「レンタル」の二択に加えて、お母さんの振袖を譲り受けて着る“ママ振”が選択肢として注目され、すっかり定着。
なぜ今、ママ振が人気なのだろう。メディア等での実績も豊富な着付け師、アントワープ杉山幸恵さんにお話を伺った。

友だちと色柄がかぶるくらいなら、ママ振で個性を表現

 二十歳を祝う振袖は、着る当人のまぶしい若さや美しさとともに見る側の人の心も躍るもの。とはいえ現代は「自分では着られないし」「購入しても管理が難しい」などの理由で、新たに購入するよりレンタルが主流。そんななか、最近よく目立つのが「ママ振袖」、通称「ママ振」というちょっと耳慣れない言葉だ。

「最近うちにご依頼いただいてお着付けする振袖は、ほとんどがお母さまのお下がり、つまりママ振ですね。かつてのハレノヒ騒動がきっかけで業界への警戒感もあったでしょう。でも、それだけでなく、ママ振を自分の個性を表現するという考え方もあります」

「着物は自前ではなくお母さまのでもよく、帯締めや帯揚げ、お顔周りの重ね襟を変えれば雰囲気をガラリと変えられる。ヘアメイクやバッグ、足元を変えて、今風におしゃれな感じにだってできる。それは着物本来の良さでもありますが、ママ振を選ぶお嬢さまは、皆さんそれぞれに自分らしいアレンジを楽しまれていると思います」(杉山さん)

 

バブル期に作られた着物の贅沢さ・質のよさもカギ

 アレンジ次第で今っぽくできるとはいえ、母親が20歳のときに着たということは約30年くらい前。古い着物やデザインに抵抗感はないのだろうか。

「じつはそこもポイント。お母さまたちが成人式を迎えた頃の日本は、昭和末期から平成初期でバブルの時代。総絞りや加賀友禅、辻が花などの高級な振袖を誂えた方も多く、そうした最高級の着物を新たに誂えられるご家庭は、今ではごく少数。レンタルでもなかなか出回らないお宝です。そんな質のいい振袖が自宅にあるなら、それを着るのもアリ。節約というより合理的な判断も、ママ振人気の背景にあるのでは」(杉山さん)

質のよいママ振の着物は、着る側だけでなく、着付ける側にとっても良さを実感できるものだそう。

「絹の目が詰まって確かな重みがあり肌の上に乗せればしっとりとなじむ、それが質のいい正絹の生地です。同じ絹を使っていても、目が浅くてペラペラとした感じの着物も結構ありますが、胴裏がポリエステルのものだと滑りやすく着崩れの原因にもなります。それを防ぐためには腰ひもなどキツめに締めるしかなく、そうなると着心地の悪さにつながってしまう。せっかくの晴れの日を気持ちよく過ごしていただくためにも、家に上質なママ振があるのなら、そちらを選ぶ価値は十分にあると思います」(杉山さん)

古い着物を生かすのは着付ける人の腕次第

 聞いてみるといいことだらけのように思えるママ振だが、そこにもやっぱり注意点はある。

「着る直前にたんすから引っ張り出して、いざ広げてみるとシミや汚れだらけ。また、お母様と着るお嬢さまでは寸法が合わず大あわて、なんてこともありますね。安心して着ていただくために、半年前に一度広げて状態をチェックしましょう必要に応じて洗いやお直しに出せば安心ですね」(杉山さん)

 さらに、信頼のおける着付け師に依頼するというのも重要なことだ。

「その着物や帯の良さをいかに引き出すか。着付け師の技量は、そうしたところでも測れるものです。私なら、たとえば唐織りの豪華な帯があるなら、ひだをたくさん作る派手な帯結びにはしません。着物を見る目がある着付け師であれば、できるだけシンプルに、織りのよさを引き立てる帯結びを選ぶのでは」

「黙って着付けるだけでなくて、着物や帯の織り方や染めの種類、描かれている文様の名前や特徴を教えてくれる着付け師さんも多いはず。きちんとした知識と経験を持つ人の手で着付けてもらうと、親御さんから受け継がれた着物のありがたさを知ることができますね。着物は着付ける人によっても、その価値がまったく違うものになる。そのことを忘れないでください」(杉山さん)

親の愛情を実感できる、特別な一枚を着る体験

二十歳のお祝いに両親に誂えてもらった振袖を娘がまとう。「あるもので」という何気ない動機だったとしても、実際の着姿を家族が見た瞬間、想像以上の感動的なシーンにもなる。それを杉山さんは毎年何度も見てきた。

「お嬢さまの振袖姿を見て涙ぐまれるお母さまはとても多いです。我が子の成長に対する喜びはもちろんのこと、自分が親になってはじめて両親が注いでくれた愛情が実感するという面もあるのではないでしょうか」(杉山さん)

二十歳の記念に振袖姿を贈る、いわば子を思う親の愛情の証し。それが、親にとっても思い出深い特別な一着だったとしたら、伝わらないはずはない。
また、新たに誂えてもらった振袖を大切に着て、次の世代に受け継ぐこともできる。着物生活が当たり前だった昔よりも少なくなったとはいえ、着物が家にあるということは贅沢で、サステナブルな選択でもある。

なにも二十歳の振袖でなくてもいい。たんすの中で眠っているお母さんやお祖母さんの着物がもしるのなら、一度広げてみてはどうだろう。
時代を超えて受け継がれてきた、着物という文化。それは日本の歴史や伝統を受け継ぐことにもつながり、親と子の結びつきをあらためて感じさせてくれる幸せな経験になるかもしれない。

 


(お話を伺った人) 杉山 幸恵

2007年に 「晴れの日の上質」をコンセプトに株式会社アントワープ ブライダルを設立。着付け師歴30年以上のキャリアを持ち、年間1000件以上の一般着付け・婚礼着付け、ヘアメイク、プロデュースなどを手がける。著書に 『着付け師という仕事』 (幻冬舎)

アントワープ(着付け・撮影) https://www.antwerp-dressing.net/

着付け師 杉山幸恵 公式ブログ https://kitsukeshi.co.jp/


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