雲の背高く、蝉の声も勢いを増してきました。いよいよ夏本番。
日本の夏は暑さも湿度もたいへん厳しいですが、私はこの季節が大好きです。
その理由は、夏は空気に湿度があるせいか景色が鮮やかにくっきりと見えたり、虫の声、夕立の匂い、草の香りなど自然のすべてが強く濃く感じられ、一年で最も五感がはたらく季節だから。
色に関しても夏は情感豊かに目に映ります。
暑さが増してくると、体が無意識に涼を求め、水のイメージや青系統の色に目がいくようになりませんか?
今回はそんな季節におすすめの、「甕覗(かめのぞき)」という色をご紹介します。
色はごく薄く水で溶いた水彩絵具でさっとひと刷けしたような、透け感のある淡い、淡いブルー。見ているだけでなんとも涼しげな、爽やかな色です。
甕覗という少し変わった色名には二つの説があります。
一つは、藍甕(藍染の染料が入った甕)に布をほんのわずかの時間浸けて引き上げた、甕のなかをちょっと覗いただけ(そのくらい薄い染まり方)の色という説。
もう一つは、甕に張られた水に空の色が映り、それを人が覗き見たものという説。
昔、この二説を知った私は「甕に張られた水に映った空の色を覗き見る」方の想像で頭の中が一杯になり、なんてユーモアに溢れた、なんて想像を掻き立てる粋な色名だろう!といたく感動したのを覚えています。
そして私にとってこの色は、その後の日本の伝統色への向き合い方が大きく変わるきっかけとなった色。伝統色というものが単に昔の人たちが身につけていた色ということに留まらず、イマジネーションを刺激する遊び心に溢れており、より鮮やかに軽やかに、生き生きと感じられるようになったのです。
当時は甕覗のシチュエーションや世界観に心を掴まれたのですが、こうして時を経て、また今回この色と向き合ってみると、この淡くて消え入りそうな儚い色の中に、限りをつけない余白のようなものが感じられるなあ、などと思いました。
そして、足元に視線を下ろすことで、ふと見つけた「喜び」のようなものも感じられる。前を向いて。上を向いて。というのも良いことだと思いますが、時には下を向いてみるのもいいものだよ。と言ってくれているような。
色はいつでも「今」の私に語りかける。
その時その時で見えるもの、感じるものが変わることを、これからも愉しんでいけたら、そう思います。
(参考文献:吉岡幸雄「日本の色辞典」紫紅社)
イラストと原稿/辻 ヒロミ(http://hiromitsuji.hannnari.com/)
イラストレーター。京都生まれ、京都育ち。幼少期より祖父の影響で絵を描き始める。着物に独自の感性を取り入れた美人画を中心に、食・旅・伝統文化など幅広く描く。フリーランス女子3人で結成した「ことり会」で京都情報を発信し、2017年に京都本「京都、朝あるき」を出版。
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