2022年夏、東京大手町の一等地にオープンした「アナザー・ジャパン」は地域産品のセレクトショップ。店の運営を任されたのは、日本各地から進学で東京にやってきた学生たちによるチームだ。
この大胆な試みは、三菱地所と中川政七商店による共同プロジェクトとして、スタート当初から数々のメディアに華々しくとりあげられた。6つの地域ブロック別に展開された、買って帰れる「企画展」は、多大な成果を残しながら2023年8月6日(日)で閉幕。第1期、日本一巡の旅を終えた。

学生だけのチームが商品の仕入れから売り場での接客、予算管理まで、すべてを担う、アナザー・ジャパン。その1期生12名から、山口晴さん(写真左)と鈴木乃子さん(写真右)のふたりにインタビューを実施。
1年半をかけて真剣に取り組み、めざましい成長を遂げてきた彼女らの体験談は、大人の私たちが忘れかけていた大切なことを思い出させてくれる。

嫌いじゃなかった故郷で、自慢したくなる“好き”に出合う

アナザー・ジャパンの企画展は、日本全国を北海道・東北/中部/関東/近畿/中国・四国/九州の6ブロックに分け、2カ月ごとに地域とテーマが入れ替わる仕組み。その時しか出会えないライブ感が魅力で、特集地域の食を楽しめるカフェも併設。店内でランチやスイーツを楽しむこともできる。

「セトラー」(開拓者)と呼ばれる学生スタッフは、各回の企画準備に合わせたタイミングで各自の出身地や地縁のあるブロックに出張して、売りたい商品の買い付けをする。仕入れだけではなく、地元企業と組んでアナザー・ジャパンだけのオリジナル商品企画も次々に実現。

2022年秋の企画展「アナザー・チュウブ」で、株式会社わざわざ(長野県)とのコラボレーションにより初のオリジナル商品「いってらっしゃいの靴下」の企画開発を担当した、鈴木乃子(のこ)さん。中央大学国際経営学部3年生で、出身は岐阜県だ。

鈴木さんにとって、生まれ故郷の岐阜はどんなところだったか?きいてみると
「うーん? 嫌いだったわけでもないけど、何が好きかって言われても特になくて」
とても正直な答えが返ってきた。

「私の育った多治見という街は愛知県寄り。そこまで田舎でもないですが、中学・高校は愛知県に通いました。愛知県民からすると、岐阜は立派な“田舎”。家と家の距離、めっちゃあるでしょ?とか言われて(笑)。私自身は地元が嫌いだったわけでもなく、かといって特別何が好きかと言われても…。まぁ地味だよねーとは思いつつ、でも岐阜っていいよと思う気持だってありました」

そんな故郷にアナザー・ジャパンのセトラーとして戻った際、鈴木さんは思わず自慢したくなる地元の魅力に出合う。

「初めて出張したとき、ちょうど多治見駅でタイルの100周年企画をやっていて。それまでタイルというと、ただ壁や床に貼る焼き物と思っていました。でも、タイルのデザインを食器に落とし込んだ製品を見て、世界が一気に広がった気がしました。このマグカップは、タイル貼りではなく器に細かくマスキングをして着色、タイルの柄を再現したものです。地元にこんな素敵なものがあったことを知って嬉しかったのを憶えています」

初めて自分でこれを仕入れて売りたいと思った器は、実際に店頭で大人気だったそう。手にとって見せられると一目で納得、なるほどカワイイ。
「伝統工芸」「地方創生」と力む必要もなく、「これ、いいと思わない?」と誰かに自慢したくなる。「うんカワイイね!どこの?」「多治見。名産のタイルが元になってるんだって」。そんな会話が店頭で自然と生まれるシーンを想像できた。

そう、アナザー・ジャパン店頭に並ぶ商品は、とにかくカワイイものが多いのだ。学生セトラーたちの視点で選ばれた各地の産品は、どれも個性的で、キラキラと新鮮な魅力が感じられる。

日本の各地で見つけた「知られざる魅力」を伝えるセトラー

それまでは学業の傍ら、アルバイトで障碍(しょうがい)のある子どもたちと関わってきたという早稲田大学文学部の山口晴(せい)さん。1期生チームではコミュニケーション担当として活躍した彼女は、アナザー・ジャパンで初めて接客販売の仕事を経験した。

「接客は楽しかったです。自分たちで選んだ思い入れのある商品だけを販売しているので、お客様がそこに共感して購入いただけると、すごく嬉しい。やりがいに直結します」

アナザー・ジャパンでは、商品の仕入れや企画を担当したセトラーが、売り場での接客を交代で担う。もちろん自分が担当したエリア以外もチームで販売接客する。みんなでよく話し合い、店頭に並ぶ商品の魅力を伝えるトークを考え、共有している。

接客をうける側としては、出身地や旅行などで良い思い出がある場所なら、セトラーの熱いトークにも興味が湧くことだろう。一方で、スタッフが話しかけてくるのを嫌う層も少なくはないはずだ。
初めて接客販売を体験した山口さんや、多くのセトラーたちにも、この魅力を知ってほしい!と話しかけてはみたけれど熱意が空回り、ということは多々あったそう。

「今では、お客様の様子を見ながら、無理に話しかけに行かないですね。例えばイヤホンをしている、棚を追う目の動きが早い、など。そういうときは軽く、アナザー・ジャパンをどこで知ってくださったのか、何を見てきてご来店か、聞いてみるとか?」と山口さん。

嫌がられない距離の取り方もできるようになり、慣れてきたと思っていると
「お客様に、あれ?意外と落ち着いているんだね、と言われてしまって。学生らしい初々しさを期待されていることだってあります。難しいですね」と話す鈴木さん。もともと、自分から話しかけに行くのは決して得意なタイプではないという。

メンバーは数的に女性比率が高く、元気な女子の姿が目立つアナザー・ジャパンだが、セトラーの中には男子学生もいる。肩身が狭い思いをしていないだろうか?

「男子メンバーも、話すのが好きで接客上手な子もいますよ。でも、がっしり体型だったりして、行くと怖がられるんじゃないかと意外に気にしていたり(笑)。そういう時は、『これを仕入れてきたのは彼なんですよ!』なんて連携プレーで話を振ってみたり。男子メンバーも、思い入れを持って仕入れをしています。そのことが少しでもよく伝わるようにしたいですね」(山口さん)

純度の高い“やる気”が周囲を巻き込む

取材のインタビュー中、大学生とは思えないほど安定した仕切り能力を見せた山口さん。落ち着いた口調にあきらかに熱がこもったのが、鈴木さんが企画して誕生したオリジナル商品「いってらっしゃいの靴下」が店頭に並ぶまでのエピソードを話してくれた時だ。

「ノコ(鈴木さん)の本気を横で見ていたので、これは絶対売りたいと。売り場も大きくつくったり、立ち止まってくれた方には絶対に話しかけにいって『これはオリジナル商品で、今ここでしか買えません』ってことをお伝えしたりとか。セトラー全体が、どうしてもこの靴下を売らねば!という想いがありましたね」

メンバー全員を驚かせた鈴木さんの本気とは、商品企画の全ての業務をたった1人でやり遂げたこと。社会経験のある大人であれば、そんなムチャな、と言葉を失うような業務量だったはず。

「共同で開発にあたっていただいた『わざわざ』の方々からは、最低でも3人のチームが必要だろうと。その頃ちょうど力不足を痛感して悩んでいる時期で、自分だけでやってみたい!と言ってしまいました。大変っていうイメージはなかったです。これを機に成長したい、そんな気持ちでした」

効率やタスク管理が重視される「会社」として考えれば、個人に任せきることは難しい場合も多々ある。しかしアナザー・ジャパンは学生全員が「経営者」として活躍することを目指したプロジェクト。若き経営者としての「馬力で」乗り切ったという。
その甲斐あって「いってらっしゃいの靴下」は500足を完売、アナザー・ジャパンで初の大ヒット商品になる。

アナザー・ジャパンは、部活やサークルではない。楽しいだけではなく、経営には利益という結果がシビアに求められる。だからこそ、「ちゃんと売れるものつくろう」「仲間がつくった商品を信じて売り切る」という、ポジティブなマインドがセトラー全体に循環していったという。

「効率とかタスク管理も考えられるようになった方がいいと思うし、大事なことです。でも1期生は前例がなかったし、特徴的に、馬力でやり切る…最後は気合い!みたいなところがありましたね」と山口さん。
立場的にアナザー・ジャパンを代表した発言が求められることも多かった彼女自身、大人でも頭を抱えたくなるような場面を、きっと何度も乗り越えてきたに違いない。

そんな鈴木さんや山口さんら1期生の手で立ち上げられたアナザー・ジャパンは、2023年8月9日(水)から2期生に引き継がれる。
1期メンバーの多くは卒業するが、鈴木さんや山口さんのほか数名のセトラーは、2期も継続が決定。経験者であるふたりは、本部チームとして店舗のバックアップや協賛企業との連携業務を担う予定だ。

立ち止まって考えたからこそ見えてくる未来もある

普通に大学に通ってバイトをするのでは経験できないものを、既にたくさん見てきた2人。そろそろ就職活動も気になる時期、将来のビジョンを聞いてみると、「それが、何も決まってなくて」と苦笑いする鈴木さん。

「今年は3年で、本当は就職の準備をしないとですが、アナザー・ジャパンの活動を通して余計に将来どうするかが見えなくなって(笑)。この1年半、いろいろな方に出会って、たくさん面白い話を聞いて、こんなにもきちんと考えている人がいるんだと知ってしまったから。じつは、3年の後期から休学しようか、と思っているんです」

山口さんも、コロナ禍の真っ最中でもあった2022年に休学。2023年の春から2年生として復学した。やはり、将来の選択には迷っている。

「アナザー・ジャパンは志やビジョンを持って働くことを勉強させていただける場で、働き方に対する考え方が変わりました。先に3年生になり就職活動を進めている友達を見ていると、福利厚生がどう、給料がどうとか。今の自分との価値観のズレを感じます。そもそも、今やっている活動自体が自分のやりたいことなので、これ以上を就職活動で探せっていわれても、難しい(苦笑)」

プロジェクトをゼロから立ち上げ、さらにはコロナ禍の時期だったからこそ、一度立ち止まって自分の人生を見つめる時間がたっぷりあった1期生ならではの悩みかもしれない。人生選択のハードルが、ぐんと上がってしまったようにも思われる。
就職活動ではなく、いっそ自分で起業してしまおうと考える人もいるのでは?と聞いてみると、山口さんから淀みのない答えが返ってきた。

「アナザー・ジャパンには地域で活動する経営者を育てるというテーマがあり、その選択肢が、自然と視野に入ってきた感じです。実際に、地域で活動されている方、起業して頑張ってらっしゃる方とも良いご縁ができました。達成していきたい目標のために必要であれば、私も起業はどこかで意識はしていますね」

そんなふたりにとって、2期目に突入する「アナザー・ジャパン」での今後の目標は?

「まず、アナザー・ジャパンとして目指していきたいところとしては、2027年度に竣工予定のTorch Towerに発展形態の新しい店舗を開業する。そこがひとつの大きな目標になってくると思います」

そう前置きした山口さんは、一方で、地方にいる学生たちとの協業を実現していきたいと話す。

「現在のアナザー・ジャパンには、東京にいる学生しか参加できていません。でも、キュウシュウ企画で九州産業大学の学生さんと話す機会があって、志も郷土愛も持って頑張っている若い人たちが各地にいることが実感できました。私たちだけじゃなく、全国の学生に挑戦できる機会をつくっていけたらと思っています」

2期目、さらに精度を上げた商品開発を手掛けていきたいと語る鈴木さんも
「もっと地域を巻き込むことができるようになりたいです。今は私たちから、ぜひ店頭に置かせてくださいってお願いしに行っていますが、アナザー・ジャパンに商品を置きたいと言っていただけるようになりたい。各地の作り手さんに、出して良かったって思ってもらって、そこからまた人が繋がっていく流れをつくれたら。それがアナザー・ジャパンの存在意義というか、ビジョンの達成に繋がっていくのかなと思います」

「自分は出身なのに、全然知らなかった!」とか「行ったこともない土地だけど、なんだか懐かしい」。訪れた人をそんな気分にしてくれるセレクトショップ「アナザー・ジャパン」。
よく似た名前のハッケン!ジャパンにとっても毎回の企画展を訪れることで、そんなに好きじゃないと思っていた故郷のことが案外好きだったという発見があったり、キラキラしたまっすぐな瞳で商品の魅力を語る学生セトラーたちの姿に、こんな若者が増えたら今より良い日本になるのかなぁ、と頼もしく思ったりした1年だった。

1期から2期へ、さらにその先へ。進化をつづけるアナザー・ジャパンのことが気になったら、ぜひ現場を覗いてみてほしい。
地下鉄の大手町B6出口からすぐ、東京駅日本橋口からは歩いて5分。また新しい1年の始まりを告げる暖簾(のれん)が学生たちの手によって掲げられる。

※この記事は、2023年7月オンラインで実施したインタビューをもとに制作したものです。


取材協力/アナザー・ジャパン
https://another-japan.shop/

 


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