皆さん、こんにちは。令和初のミスター土方です。

令和の世になってからというもの、季節は春をすっ飛ばすことも多くなったように感じます。もう少しゆっくり季節を楽しみたいものですが、寒暖差や湿気にも負けぬよう体も心も労わってあげましょう。そして、たまにはお薬に頼るのも大事なこと。
新選組に常備されていたお薬があるのを知っていますか? それが、『石田散薬(いしださんやく)』。

石田散薬は、石田村にあった土方歳三の生家で江戸時代中期の宝永年間(1704~1710年)から昭和23年(1948年)の薬事法改正まで、約250年にわたって製造販売された粉薬です。石田散薬は土方家の家伝薬(家に伝わる民間薬のこと)として製造されていました。
打ち身や挫き、骨接ぎ等に効くとされ、『ひの新選組まつり』では「うちみ、くじきに~」「いしださんや~く」のコール&レスポンスが飛ぶ、有名なお薬です。
多摩にいた頃の土方さんは、いつか武士になる夢とともに、颯爽と薬箱を担いで得意先へと卸しに回っていたのではないでしょうか。

土方さんの生家跡は現在「土方歳三資料館」になっていて、こちらを会場に毎年GW頃『石田散薬製造体験会』が開催されています。
(ここ数年間は、コロナ禍ということもあり中止されていました)

2022年の4月3日(日)~5月15日(日)までの開館日には「土方歳三佩刀・和泉守兼定刀身特別公開2022春」と題して、土方さんを最後まで護った愛刀の和泉守兼定を刀身と拵え(こしらえ、外装)の揃いで特別公開。
そればかりでなく、土方さんと戊辰戦争を函館まで戦い抜いた新選組二番隊伍長・島田魁 佩用脇指(わきざし)の「土佐守藤原正宗」、こちらは個人蔵の特別展示。
さらに、大人気のシミュレーションゲーム「刀剣乱舞-ONLINE」(通称とうらぶ)とのコラボが実現。刀剣乱舞をご存知ない方にご説明すると、審神者(さにわ)と呼ばれるゲームプレイヤーたちが、名だたる刀剣が戦士へと姿を変えた“刀剣男士”と歴史を守る戦いに出る、というものです。
今回は「刀剣男士 和泉守兼定」のパネル設置や、コラボグッズが発売されたことも重なり、参加予約開始後2分程で全枠が埋まったため参加できない人が続出。
そこで、雰囲気だけでもお伝えできたらと思う次第です。

それでは早速、体験会の取材レポートを始めましょう。
4月29日の最終回に参加しました。

雨脚が少しずつ強くなってきたなか、予約時間の10分前に東京・日野市にある土方歳三資料館に到着。

門をくぐると、土方さんの胸像がお出迎えしてくれます。
こんにちは土方さん。お久しぶりです、と心の中でお伝えしてから受付へ。

見ると、受付の台の上にも可愛らしい方々が。
「もちもちマスコット」「もちもちマスコットミニ」の和泉守兼定、堀川国広、さらにサンリオがプロデュースした「わんぱく!刀剣乱舞」の堀川国広、和泉守兼定たちがお出迎え。
(※堀川国広は土方さんの刀とされる脇差)
来館された皆さんに楽しんでもらいたいという気持ちが、ひしひしと伝わってきます。
体験会に参加された審神者さんたちは思い思いに、ご自身の本丸(お家)から一緒にお出かけしてきたお供の「もちマス」等と撮影されていました。

受付で予約確認と検温を済ませてから、石田散薬の製造体験。その後に資料館内を見学、という流れです。

本来、石田散薬ができるまでの手順は
大量のミゾソバを採取→水洗い→天日干しで乾燥→葉だけを残して茎は除去→炮烙(ほうらく)でミゾソバを黒焼きに→日本酒を振りかける→薬研(やげん)で挽いて粉末に→ざるで何度か漉す→薬包紙に包む
目の回りそうな工程ですが、体験会ではスタッフさん達が黒焼きまでしてくださっているので、薬研で原料を挽き、薬包紙に包む、この2工程だけ。
一番大変な作業はスタッフさん方が行ってくださっていて、頭が上がりません。本当にありがとうございます。

待ち列がゆっくり進んでいく間に、薬包紙の折り方パネルを見て、石田散薬の製造手順の説明を聞き、体験までのテンションが高まります。

そして見えてきたのは、石田散薬の旗と並んだ「兼さん」、刀剣男子 和泉守兼定のパネル!
凛々しく、どことなく嬉しそうに見えるのは、土方さんの生家での任務が嬉しいからでしょうか。
私も兼さんパネルと記念撮影。

兼さんの足元には製薬に欠かせない薬研(やげん)と、土方さんも行商時に背負った「石田散薬の薬箱」が。有志の方が作られたそうで、実際に背負うことも出来ます。
お友達と参加していた方も多く、薬箱を背負って撮りあいっこをされている姿が微笑ましかったです。


さぁ、ようやく待ちに待った石田散薬の製造体験です。

スタッフさんが側について製造のコツ等教えてくださいます。
一人で参加した人も、スタッフさんが写真や動画を撮ってくださるので、記念を残せるのが嬉しいですね。

まず、予めご用意いただいた原料のミゾソバを薬研の中へ。
(※ミゾソバは「牛額草」「牛革草」とも呼ばれ、かつては多摩川や全国至るところの水辺に自生し、天ぷら・おひたしなどで食べられていた野草)

黒焼きといっても葉の緑色がまだわかりますね。なんだかふりかけみたいと思ったのは内緒。匂いはそれほど感じません。

薬研でゴリゴリと挽いていきます。

これが、なかなか難しい。力任せではなくリズミカルに動かすのがコツとのこと。とはいえ、運動不足の肩甲骨周りが先に悲鳴を上げそうです。
ゴリゴリ…ゴリゴリ…「師匠(スタッフさんのこと)、このくらいでいいでしょうか?」と聞くこと数回。
「まだですね!あともう少し、あとちょっと」と、指導は少々スパルタです。

少量のお薬を作るのも大変!
でも、土方さんもこうやってお薬を作っていたと思うと、本当に貴重な経験です。
ちなみに、土方さんは効率よく製造をする采配が見事で、土方さんが携わると作業は早く終わったのだとか。この頃から頭の回転が速かったんですね。

やっと師匠からOKをいただき、できあがったのがこちら。

かなり細かい粉末です。
どこかお茶のような香ばしさと苦みのありそうな匂いが強くなりました。でも、どこか懐かしい、落ち着く香りです。

茎の部分をいただいて持ち帰る方も。あくまで自己責任ですが、軽く煎ってお茶にすると、黄みがかった少し甘い匂いのお茶として飲めます(後味に少し苦みあり) 。
おうちの茶香炉から漂ってくる、土方さんも嗅いだであろう匂いに、在りし日の石田散薬製造過程のワンシーンに思いを馳せる。なんて楽しみ方もできそうですね。


実際にはこの後、篩(ふるい)にかけて残っている茎などを取り除く工程がありますが、体験会では次に、薬包紙に包む工程に進みます。
スタッフさんが、パネルに展示されていたコップ型とはまた違った包み方を教えてくれました。

まず、底辺を3等分にしたところで折る。

こんな感じに。

次に、向かって左側の上部分を折る。

この時折った下の部分が底辺と平行になるようにする。

上下をひっくり返し、左下を船底みたいになるように折る。


飛び出している部分を中に折りこめば、薬包の形に。

紙に折り跡をつけたら、包みを開いて石田散薬を薬包紙の上に。

薬包紙に載せた量は少なめです。不器用な私は、多めに入れてやらかしてしまうのを防ぎました。

これで完成!!

持ってきていた和泉守兼定の拵え(あつらえ)と同じ鳳凰が刺繍された風呂敷に包んで持ち帰りました。


石田散薬の製造体験の後に、もう一仕事。
土方さんの187歳のお誕生日を祝いするため、みんなで協力してシールを貼って文字を完成させました。

こんな風にずっとお祝いされて、土方さんも嬉しいのではないでしょうか。
寒いなか笑顔を絶やさず、参加者に楽しんでほしいとの気持ちが溢れていた体験会スタッフの皆さん。大変貴重な体験を本当にありがとうございました!


体験会の後は、資料館を見学させていただけました。

じっくりと館内の展示資料を楽しむことができ、和泉守兼定の刀身の前で静かに涙される方も。
和泉守兼定や遺品達はこうやって色んな思いを受け止めてきたんだろうな。
そして、資料館を守ってこられた皆様の優しさに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

「土方歳三佩刀・和泉守兼定刀身特別公開2022春」5月の開館予定は
5月1日(火)・2日(月)・3日(火) ・4日(水)・5日(木)
5月7日(土)・8日(日) ※ひの新選組まつり
5月14日(土)・15日(日)
開館時間はいずれも9〜16時。予約不要ですが、来館受付は14時30分までに。詳しい情報は、土方歳三資料館Twitter(@toshizoofficial)でも発信されています。

さて、ここからは完全に自己責任ですが、持ち帰った石田散薬を飲んでみました。

もう一度言います。自・己・責・任!!です。

飲み方には色んな方法がありますが、大人は一日1回1包、一匁(いちもんめ3.75g)。小人は1包を2回に(3回との記述もあり)分けて服用していたそうです。
現代のお薬と大きく違うのは、「熱燗の日本酒で服用」とされること。
白湯でも可との記述もあり、私はお酒が飲めないので白湯にしました。

石田散薬はかなり高価なお薬だったようで、明治時代には1包20銭、今の時代だと大体1000円~2000円くらいで売られていたのだとか。驚きです。

そんなに高価だった石田散薬を本当に少量、そのまま舐めてみます。

……ん?思ったよりも苦みがない?少量だから??粉末の口当たりも悪くはない。
では、白湯と一緒に、ゴクリ…。あっ!!白湯だと口の中いっぱいに苦みが広がる!!少量でこれなら、1包は結構辛いのでは…

よし!蜂蜜と一緒に試してみよう。現代でもゼリー状で薬を飲みやすくするというやり方がありますね。

そうすると、…あれ?蜂蜜の甘さが苦みに勝った。石田散薬、これなら飲める!

その後、特に体調に変化もなく、大丈夫!!
御守り代わりに、次の旅へと持っていこうかな。


今回は、自身の身体で体験する、ご縁合わせの旅でした。
このコラムを書くにあたり、御助力いただきました
土方歳三資料館
石田散薬実行委員会 様
本当にありがとうございます。

さぁ、5月7日・8日は「ひの新選組まつり」。今年もパレードは中止、隊士コンテストは3年ぶりに行われます。
次のミスター土方に襷(たすき)を繋げるまで、あと数日しか残っておりませんが、これからも私に出来ることをしていこうと思います。

次の旅でも良いご縁に恵まれることを願って。
それでは皆様、またお会いしましょうね!

 


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