京都人の多くは、京都特有の方言を「京ことば」と言う。「京都弁」ではなく「京ことば」。それはなぜか? 京都は長らく日本の中心として栄えた都であり、〇〇弁という言い方に感じられる地方色が古都には似つかわしくないと思っているからだ。加えて、江戸時代中頃までは事実上の標準語とされてきた歴史もある。

「京ことば」のいろは

いまに伝わる「京ことば」は、宮家・公家の間での「御所ことば」と庶民が使っていた「町方ことば」が混ざり合い、変化しながら育まれたもの。
このうち町方ことばは地域や職業によっても違いがあり、それぞれの文化の中で進化してきた。主な種類は以下の5つ。



➀ 中京ことば

室町通の問屋街・商家などで話される「町方ことば」の代表的なもの

② 花街ことば

五花街(祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町、上七軒)と嶋原で、芸舞妓や関係者が使うことば

③ 職人ことば

西陣で糸へん(織物)の仕事に関わる人々が使う「織屋(おりや)ことば」のこと

④ 伝統工芸語

西陣以外の、清水焼をはじめとする伝統工芸や、伏見の酒蔵などの職場で使われることば

⑤ 農家ことば

上賀茂、大原、八瀬など、京都の農家の人たちが使うことば


現在の「京ことば」は、幕末から明治にかけて広まったとされている。
いくつもの特徴が見られるが、中でも母音を伸ばす表現が目立つ。「手を洗った?」ではなく、「手ぇあろた?」、「目が痛い」ではなく「目ぇ、痛いわぁ」といった具合だ。こうした言い方が、おっとり、ゆったりした印象を与え、京都らしい物言いになっている。
また、語尾につく「~はる」も京ことばの代表格。「縁側で猫が寝てはる」「桜が綺麗に咲いてはる」など。関西では尊敬語として使われる「~はる」を、動物や物に対しても使うのが特徴的だ。
さらには、名詞の接頭語「お」と、接尾語「さん」。「お月さんが、まん丸やなぁ」「ちょっとお寺さんへ行ってくるさかい」「お芋さんもろたし、焼き芋でもしょうか」というような言い方で、京都らしい上品で丁寧な雰囲気を醸し出している。

はっきり言わない心遣い

京都の人は、直接的な物言いを好まない。相手を傷つけないよう婉曲に、遠回しな表現を選ぶ。YES/NOさえ、はっきり言わない。前後の文脈とその場の空気、ちょっとしたイントネーションでその違いを理解しなければいけないため、慣れないうちは大変だ。

表と裏の意味を兼ね備えている№1語句は、「おおきに」。そもそも「おおきに」は、「おおきに、ありがとう」を略したことば。大変感謝しているという意味だが、じつは相手からの誘いを断るときにも使える便利な語で、頻出度も高い。
最もよく使用されるのが花街で、たとえば芸舞妓さんが客から「今度、ごはん食べ(※お花代をつけて食事に連れて行くこと)行こか」と声をかけられた際に、「おおきに、ありがとさんどす」と返す。これは誘ってくれたことに対するお礼であって、実は承諾していない。「へぇ、おおきに。いつにしまひょ」や「うちは、来週ならいつでもかましまへん」といった、具体的な話が出て初めてOKとなる。すっぱり断ってしまうと客に恥をかかせることもあり、角の立たない断り方のひとつといえる。

他にも、合コンなどに誘われた際の「考えとくわ」という返事は、大阪人ならほぼほぼ行く心づもりで本当に考えるのに対し、京都人のそれは「お断りします」の意味。その場合、幹事は「考えとくわ」と答えた相手を頭数に入れてはいけない。
否定するのも「それは違うんとちゃう?(それは違うのでは)」。何かをお願いするときは、「~してもらえやしまへんやろか(~してもらえませんでしょうか)」と控えめに。
間接的な表現や思いやりゆえの言葉遣いは、相手とのコミュニケーションを円滑にし、その場を和ませる効果がある。京ことばは、京都人の気配りが生んだ京都ならではの言語文化なのだ。

観光で京都を訪れた際、よく耳にするのが「おいでやす」「おこしやす」という挨拶。これ、実は使い分けられている。
通りがかりにふらっと入った土産物の店なら「おいでやす」と声をかけられる。それに対して、予約して訪れたレストランでは、「ようこそ、おこしやす」と出迎えられる。「おいでやす」より「おこしやす」の方がより丁寧なことばで、「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」という気持ちが込められている。

飲食店でお会計をお願いするときに聞く機会のある「おともお願いします」も独特で、これは「タクシーを呼んでください」と頼むときに使う。店主が「おとも呼びましょか」と気を配ってくれることも珍しくない。タクシー文化が根づいている京都では、当たり前の光景のひとつだ。
また、道を説明するときに使う「上がる」「下がる」も、碁盤の目に通りが走る京都ならではの表現。上がる=北へ行く、下がる=南へ行くという意味を持つ。さらには、道案内で京都以外では通じにくいと思われるのが、「どんつき」。「どんつき左に曲がって~」と言えば分かるだろうか。どんつき=突き当り、となる。

ついでなので、食にまつわる「京ことば」をいくつか挙げておこう。

聞いたことがない言葉もあるかもしれない。いくつわかっただろう? 正解は以下のとおり。
・おばんざい=お惣菜
・おぶう=お茶
・じぶんどき=食事時
・たいたん=煮物
・にぬき=ゆで卵
・ひやこい=冷たい
・まったり=とろりとして穏やかな口当たり
・むしやしない=軽食・おやつなどの間食
・よばれる=ご馳走になる


ちなみに、タイトルの「はんなり」は、陽気で上品な明るさ。「ほっこり」は、疲れてひと休みしたいときに言う言葉。
メディアの影響で全国的にも広く知られるようになった京ことばといえるが、本来の意味とは少し違った使われ方になっている場合も多々ある。

たしかに京ことばは含みが多く、遠回しすぎて伝わりにくいのも事実だ。それゆえに、京都人は“いけず”(意地悪)だと言われて久しい。だが、ことばの奥にあるものを垣間見れば、それまでより親しみを感じないだろうか。
ことばを理解することは、その土地に根づく文化や風習を知ることにもつながる。これを機に、お気に入りの「京ことば」を探してみてはいかがだろう。
 

【取材協力】
嶋原・末廣屋 葵太夫
上七軒 芸妓・尚可寿

【画像協力】
西村兄妹きもの店

西村兄妹きもの店 オンラインショップ
https://www.rakuten.ne.jp/gold/kimonokyodai/
 


【おすすめ記事】

日本語の美しさを感じられる「やまとことば」で印象アップ

京都の西村兄妹キモノ店が月に2日間だけの東京サロンをOPEN

葵太夫物語(11)~京のホテルで嶋原太夫文化との出逢い~