平成が終わって令和になり、「高級食パン」ブームは続く。人気店が次々に登場、一本2斤で1000円前後する食パンが飛ぶように売れているという。

パンは1543年に鉄砲と共に日本に伝来、クリームパンやジャムパンなどの、いわゆる菓子パンから市民権を得て定着してきた。なかでも、ふわふわと白く柔らかい食パンは、世界に類をみない日本独特の食文化といってよいだろう。
とはいえ、食パンはスーパーなら一袋200円でお釣りがくる。いっくらおいしくても、堂々と「高級食パン」「1000円です」と言われると、手を出すのを一瞬躊躇してしまうのでは。

そんな折、 “お惣菜に合う和の高級食パン店”がオープンという新情報。お惣菜に合う食パン? またまたぁ…(笑)とは思ったが、しかし、つくるのは東京・大田区で創業135年の老舗「佃浅商店」、遊びや冗談ではなさそう。守りではなく攻めの姿勢で歴史の新たなストーリーを刻むべく、新規事業として参入を決めたのだという。
プロデュースは、大人気の高級食パン専門店「考えた人すごいわ」ほかで知られる、ベーカリープロデューサー・岸本拓也さん。

何はともあれ、その味を確かめるべく、4月24日の店舗オープンに先立って開かれた内覧会に足を運んでみた。

江戸前(=江戸に入る手前)と言われる東京・大森の地で、明治17年に佃煮製造業を開始した佃浅商店。大正12年に和惣菜へ事業を拡大。令和元年5月現在、百貨店や駅ビルなどに14店舗を運営する。

最寄りの京急線「平和島」駅から徒歩5分の住宅街、「佃浅商店」製造工場に隣接して新たにオープン。その名も「題名のないパン屋」。

極限まで無駄を省いた、シンプルモダンな外観。店名には「美味しい!」に言葉やストーリーはいらない。素直に感じる美味しさを届ければそこからストーリーが始まる、という思いが込められている

行ってみると、道沿いに面した販売カウンターの奥にずらりと食パンが並び、かぐわしい香りを振りまいている。
ちょうど始まった窯出しを眺めていたら、一瞬目を疑う光景が。一本2斤の食パンが、棚に並べられるたび、ぼよんぼよんと揺れるんである。その様子は、もはやゼリーかムース⁈

「江戸味噌」を独自配合した看板商品「無の極み“味噌”」2斤840円

柔らかさの秘密は、佃煮・惣菜の老舗らしさを出すために練り込むことにした「江戸味噌」にあるという。味噌の持つ保水性により、ふかふかで滑らかな口溶けを実現した。

佃浅商店で古くから使用している、1885(明治18)年創業「あぶまた」の江戸味噌。大豆とほぼ同量の米麹を使う甘口で、そのまま田楽のタレとして使えそうなくらい、塩分のとがった感じがない丸い味が特徴。

厚めにスライスして和惣菜をたっぷり乗せて食べるのがオススメだという。
なるほど。問題は、パンと和惣菜とのコラボ。実際おいしいのか否か。。。

結論から言うと…

本当においしかった。パン生地の口どけに、ちょっとした衝撃すら感じたほど。
実際、味噌を入れないプレーン「無題の熟成」(2斤800円)に比べると、味噌入りの「無の極み“味噌”」のほうが柔らかく、ミミの薄さや水分量の多さが、よりはっきりと感じられた。

この日、内覧会で用意されていたのは、佃浅商店自慢の惣菜である卯の花、パンと同じ江戸味噌を使ったナスそぼろ、つくば鷄とザーサイのサラダ。
一緒に頬張ると、パンが予想をはるかに超えて口の中で滑らかにとろけ、食感の強い和惣菜と絶妙に混じり合う。料理の味を邪魔せず引き立てるあたり、白米に勝るとも劣らない見事なコラボ具合。一緒に飲むなら、コーヒーではなく、これは間違いなくお茶だ。

ほんのり甘い厚焼き卵のサンドイッチも登場。いままでに数々の厚焼き卵サンドを食べてきたが、上品な甘みの厚焼き卵と和の食パンがまろやかに口の中でとろけ、もはやデザート。こちらもぜひ商品化してほしい!

それにしても、なぜ、佃煮と惣菜の老舗がパン屋をやろうと思ったのか。不思議に思い、七代目の代表取締役・杉原健司さんにお話を聞いてみた。そのきっかけとは意外にも「お母さんの味」なんだという。

手前から、ナスそぼろ、卯の花、つくば鷄とザーサイのサラダ。佃浅商店人気No.1のお惣菜、卯の花は、上品な甘み、ほわほわと口の中に広がる卯の花(おから)と、野菜の食感のバランスが秀逸

お店に並べられない和惣菜を家に持ち帰ることも多かった杉原家。いつしかお母さんが「うちの卯の花は食パンに乗せて食べてもおいしい」と言い出したそう。ジャムじゃあるまいしと実際に健司さんが食べてみたら、ほんのり甘い卯の花と食パンは、思いの外おいしかった。
ベーカリープロデューサーの岸本拓也さんにその話をすると、「それは合うに決まってますよ、あんパンだってそうでしょ?」と言われ、なるほど。妙に納得したという。

佃浅商店としては、住宅街にあるパン屋だからこそ地元に根ざし、ちょっと特別に過ごしたい週末の朝などに食べてもらいたいとのこと。多忙な主婦にこそ、ご褒美として買い求めてもらいたい!と主婦のひとりである私は思う。

もはやご飯を炊くことすら省略したいくらい、ぐったり疲れた日もある。このご褒美食パンとお惣菜を買って帰れば、あっという間に夕飯の支度を済ませることだってできる。
「えぇー夕飯が食パン!?」という家族に「ふふふ、食べれば分かるよ」と余裕の微笑みを見せてやってほしい。

時折頭を悩ませる“手土産”や“お持たせ”にも活躍するのが高級食パンの良さ。2斤で1000円前後の食パンは適度なボリューム感と価格帯で、じつは贈答用に持ってこいの存在なんである。

見たところ和の職人がパン生地をこねる姿を描いた商品袋も個性的。“江戸味噌を使った和の食パン”という小話をするのに、良いきっかけになりそうだ。

商品袋のデザインは、和の職人と、世界各国の顔を描いた食パンのイラスト

日本独自のこだわりと進化を遂げてきた、高級食パン。味噌や惣菜など和の食材との出合いにより、また新たな段階に入ったのかもしれない。

題名のないパン屋
住所:東京都大田区大森東1-12-4
tel:03-3761-3036
営業時間:10:00~18:30(不定休)
https://mudai-pan.com/

※商品の価格や店舗情報等は記事公開当時(2019年8月)のものです。現在の情報は公式サイトでご確認ください。


取材・文/やまだともこ(ハッケン!ジャパン編集部)