日本の美の象徴として世界中から称賛される着物(きもの)。そこには数々の素晴らしい伝統工芸、手仕事の世界が息づいている。
京友禅の染匠で「皇室献上作家」とも呼ばれる高名な父から家業を引き継いだ藤井友子さんは、お披露目を兼ねた記念展覧会を2021年4月に開催した。
そこで受け継いだもの、変えていきたいこと、そして次の世代に遺したいものとは何だろうか
お話を伺った。
※取材は2021年5月、オンラインで実施。タイトルの「得体」とは、本当のこと・正体。知られざる伝統文化を仕事にする方にお話を聞きに行くインタビュー企画(編集部)

たった1割の、希少な存在を守りたい

−−そもそも「京友禅」とはどういうものか、あらためて教えてください

手描き京友禅とは国が指定した伝統的工芸品であり、江戸時代に宮崎友禅斎がはじめた技法として伝えられています。白生地に糸目糊という糊を使って模様を描いて染めることで隣り合う色が混ざらず、絵画のような染めが特徴で、世界でも類を見ないほどの多彩な色使いができます。
現在は振袖商品の約9割までがインクジェットのプリントになっており、弊社が製作するような手仕事の着物は1割しかないというのが現状です。
振袖や訪問着は、反物ではなく着物に仕立てて納めますが、柄は一枚の絵のようなデザインとなっており、まさに美術品を着るという感覚の特殊な衣裳といえます

−−藤井さんの率いる彩琳では「藤井寛のきもの」のほかに「RITOFU」「IROMORI」と、世界観や領域が全く違うブランドを展開されています。これは業界的には珍しいことのように思うのですが?

それは、私たちがチームで着物をつくってきたことに関係していると思います。友禅の着物をつくるには、下絵・糊置き・引染・挿友禅・仕上げまで、15ほどの工程があり、それぞれに職方(専門の職人)がいます。現在では、染元の多くでは外注になっていますが、私たちは古くからと変わらず、職人と直接契約し関係性を維持してきました。
職人を抱えるということは、仕事を出し続けなければなりません。当然コストがかかります。だからこそ、新たな事業や商品をつくる必要がありました。作家である父と私だけという規模ではなく、会社として、みんなの生計を守っていく。楽な道ではありません。
でも、チームで仕事をすることには、職方の技量や個性を生かした企画やディレクションができ、ブランドのオリジナリティを育てていけるというメリットがあると思っています。

−−ご自身が染匠を務める「RITOFU」では、クラッチバッグなどの小物や生活雑貨なども展開されていますね。このブランドを立ち上げたきっかけは?

ものをつくる上で、お客様と直接コミュニケーションを取れる環境をつくりたいと、ずっと考えていました。また、手仕事の友禅を多くの方、今まで着物を着たことがない方にも見ていただきたいという思いもありました。そうした思いから、クラッチバッグや名刺入れなどを製作したのが始まりで、そちらも徐々にセレクトショップや百貨店でお取り扱いいただくようになりました。
「RITOFU」とは別に「IROMORI」というブランドも立ち上げ、京友禅をファブリックとして製造販売もしています。

今を生きる女性のための「自分を表現する着物」

−− 「RITOFU」ブランドでは今後、小物だけではなく着物のオンライン販売もお考えだそうですね

はい。現在、商品企画からシステムまで、構築中です。
今までの商慣習から考えるとオンライン販売はハードルが高いですが、
コロナ禍で、伝統的な手仕事のものづくり、職人の仕事を、どうやって繋いでいけばいいかを改めて考えるようになりました。どうしたらもっとお客様の希望に答えられるか、お手伝いができるかを考えるようにもなりました。
自分たち作り手の想いや哲学を丁寧にお伝えし、手仕事で時間をかけて丁寧に作ったものをお届けする。自分たちだからこそできることであり、お客様にとってもメリットがあるのではないかと考えています。

−−「RITOFU」の着物を、どんな女性に着てもらいたいですか?

コロナ禍に入ってから特に、明るくキレイな色を好まれる方が増えたような気がします。
「藤井寛のきもの」の方は従来のまま、もともとお誂えから始まった会社ですので、ご要望をきちんと伺って着る方の気持ちにお応えできるようにしていきたいと思います。
逆に「RITOFU」の方では、こちらから積極的にご提案もしていきたいですね。たとえば、着物は年齢とともに落ち着いた色を選びがちになりますが、おとなの女性にこそ、お顔をきれいに見せる華やかな色をご提案するとか。
いまは女性がどんどん社会的な活動をしていく時代で、なりたい自分のイメージも多面的なものになってきています。その中に「着物を着ている自分」があってもよいのではないか。そんな風に思っていたところ、世界90万人以上がチャンネル登録するYouTube「Kimono Mom」運営のMOEさんにお会いする機会があり、「RITOFU」が衣装協力をさせていただきました。

−−日本文化を発信するYouTuberだけでなく、世界で活躍する女性は昔よりずっと増えました。たとえば海外の方へのプレゼンなど、勝負スーツではなく着物だっていいということですよね

そうなんです。世界的にSDGsが重視され、アパレルでは大量生産・大量廃棄が問題になっています。着物というのは本来とてもサスティナブルで、素材も天然のものが多い。
海外の高級ブランドだけでなく、自分を表現するファッションとして、もっと着物を着てもらいたいと思います。
私自身が女性なので、女性がどういうとき着物を着て行きたくて、どういったものが必要になるのか、着回しなどリアルにイメージすることができるのはメリットかもしれません。

――なるほど。伝統ある着物の業界は男社会ですし、ひょっとしたら男性の作家さんは自分の描く理想の女性像をデザインに投影される面もあるかもしれませんね?

そうなんでしょうかね。人にもよりですが、私のいう「女性が自分を表現する着物」というのは、もしかしたら古くからいらっしゃる男性はなかなかピンと来ないかな?とは思います。
「RITOFU」は自分らしく輝いている今の時代の女性をお手伝いできるブランドでありたいと思っていますし、そういう部分を、自分たちの手で直接発信していくようにしたいですね。

母から娘、親から子へ。思いを受け継ぐ着物

−−新しい挑戦ということでもうひとつ、婚礼衣裳への進出を発表されました。引き振袖をつくられたそうですが、上に着ている瑞雲のお着物もまた素敵ですね

OIWAI=「お祝い事業」としての展開で、引き振袖の制作を新たに始めました。
今おっしゃった瑞雲の「色無垢」は、弊社で振袖をお誂えいただいたお客様に限ってお貸し出しする、特別な着物になります。
4月に開催した彩琳の展覧会では、私が成人式で着た同じ振袖を私の娘に着てもらって、その上からこうやって色無垢を着せると花嫁衣裳にもなりますよ、という提案で撮影もしてみました。
お振袖を新しく誂えるのは、いまも昔と同じように、お母様やお祖母様がつくっていただくケースがほとんど。一回だけのために買われるのではなく、家族で長く大切に着ていただく宝物、日常の買い物とは全然違う世界です。お客様の人生に訪れる大切な日をサポートしていきたいとの思いから「色無垢」を製作しました。

藤井友子さんが成人式のときにつくってもらった振袖(左)を娘さんが着て上に色無垢を羽織ると(右)ぐっと花嫁衣裳らしい雰囲気に

−−育ててくれた親御さんに感謝を伝える成人式の着物、子どものために着たい七五三や入学式の着物など、「誰かのために着る」着物の文化は簡単になくならないと感じます

そういった家族に引き継がれる部分まで大切にして「藤井寛のきもの」は、これからもお誂えでつくらせていただき、つくり手としても丁寧に想いを伝えていきたいです。
同時に「RITOFU」の方では、働く女性がお気に入りの上等なコートを自分にご褒美で買う、それと同じくらいの感覚とお値段でご提供するなど、ブランド分けをしっかりとしていければと思っています。
長引くコロナ禍で観光都市としての京都はすっかり静かになってしまいましたが、私たちが今やらなくてはいけないことはたくさんあるんですよ。
 

母から娘へ、親から子へ。それぞれの思いと共に受け継がれてきた着物という伝統文化。名匠の父から担い手として後を託された藤井友子さんは、さらに新たな選択肢も模索しながら、次の時代に生き続ける京友禅の着物をつくり続ける。

 

藤井友子(ふじい・ともこ)

同志社大学大学院ビジネス研究科卒業。2010年に「東京ガールズコレクション」へ出品、2015年、経済産業省の「The Wonder500」にkyo-yuzen クラッチバッグが選定され、同年「G7女性職人シンポジウム」にも登壇を果たす。伝統ビジネス・ものつくり・女性の社会進出などのテーマで講演多数。

取材協力/彩琳株式会社
https://sairin-kyoto.com/

 


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