高円寺・小杉湯が一日限りのアート空間に

3月28日に開催されたアートイベント『HANAMI CHILL ART』に参加してきました。会場は、小杉湯という老舗銭湯。日本画を銭湯という空間で鑑賞することで、新しいコミュニケーションのきっかけを作ることを目指した体感型イベントです。日本画のイメージは、教科書や美術館でしか出会わない敷居の高いもの。街の銭湯も行く機会がないので、まるで「異文化×異文化」のイベント。正直、自分にとっては遠い存在、そんな気持ちでした。

小杉湯(http://www13.plala.or.jp/Kosugiyu/)は、高円寺駅から5分程歩いた住宅街の中に。入り口には、番頭を務めるイラストレーター・塩谷歩波さんが描いた小杉湯の図解が。銭湯復興プロジェクトを仕掛けるなど、何かと話題の銭湯。

会場となっている脱衣所に入ると、壁にはたくさんの「銭湯」をテーマにしたアート作品が。参加者たちは、作品を鑑賞しつつイベントの開始を待つ。

東京芸術大学出身の作家による、作品たち。今回のイベントは、アートイベントを数多く手掛ける「合同会社いどばたアート」が芸大出身の日本美術集団「nens(ネンズ)」とコラボし実現。

私たちが参加したイベント(夜の部)は、「ミニライブペインティング」「日本画ワークショップ」「ライブペインティング」の3部構成。

冒頭で行われた「ミニライブペインティング」の様子。床に広げられたのは、滲み止めされていない和紙(生紙)。日本画で使われるドーサ液を使って絵を描いておき、乾燥後に裏から染料を塗ると図像が浮かぶのだそう。

ワークショップで尾形光琳の技法を体験

「日本画ワークショップ」では、洗い場ごとに銀箔が貼られた和紙、筆、硫黄が置いてありました。テーマは「花」。絵を描く習慣が無いため最初は恐る恐る筆を取りましたが、1枚描くと楽しくなり、2枚目、3枚目と筆が進みます。銀箔に塗った硫黄が硫化して黒くなるのも面白く、いつのまにか夢中に。

黄色い硫黄に筆を浸し、思い思いにペイント。「nens」メンバーが浴場を歩き回り、参加者にアドバイス。

日本画で多く使われる銀箔は不安定で、硫黄に触れると変色します。この化学変化を表現に取り入れたのが、尾形光琳の『紅白梅図屏風』。画家が使っていたという技法を体験することで、日本画と自分の距離が少しだけ縮まったような気がします。

参加者の作品。お題は「花」、それぞれが自由な発想で、虫、人、木、謎の模様……などなど。個々人の感性の違いや体験アートの懐の深さを感じられる。

日本画ライブペインティングで会場が一体に

後半に行われたのが、イベントの目玉である「ライブペインティング」。風呂場の上に巨大なパネル(180cm×180cm)が置かれ、「nens」の神戸勝史さん、杉山佳さん、林宏樹さんがその場で絵を仕上げます。パネルには既に桜が描いてあり「これで完成!」と言われても信じてしまいそう。

ペイント前のパネル

BGMは生演奏。高円寺でも活動するミュージシャンの増子周作さん(https://masukosyuusaku.wixsite.com/masko)と「nens」メンバーでもある矢田遊也さんが、優しい音色を奏でます。音楽が浴場に反響しライトが会場を照らし、銭湯という密閉空間も相まって、なんだか洞窟の中にいるよう。客席はリラックスムードで、撮影をしたり、ドリンクを飲んだり、隣の人と会話したり……みんなが思い思いに過ごしていました。3人は客席に声をかけたり、演奏組と音楽の相談をしたりしながらペインティングを進めていきます。

スポンジ、筆、指……色を重ねる手段は様々。立ち上がったりしゃがんだり、手を伸ばしたり汗をぬぐったり。まるで踊っているような臨場感にいつしか見入っていた。ライトが柔らかに3人を包み、なんだか幻想的。

このイベントは、風呂好きのnens神戸さんが「銭湯でイベントをしたい」と企画を持ち込んだところから始まったのだそう。他の銭湯からは断られる中、小杉湯経由で「いどばたアート」と出会って実現。

印象的だったのは、nens3人が時折言葉を交わし、進め方を相談していたこと。構図だけあらかじめ決めておき、随所で俯瞰して見直し調整しているのだとか。美術は、生まれ持った資質や才能がものを言う世界なのだと勝手に思っていました。じつは職人的で、計算や努力が重要な世界なのかもしれません。 絵はどんどん立体的になり、音楽の盛り上がりと共鳴するように客席にも一体感が生まれていきました。1時間ほどかけて、完成!

テーマは「桜と高円寺」。ビルや富士山が加えられ、木の幹や桜にも色が付いた

屏風は“二曲一双”と言い左右で呼応しあうデザインのものが多く、このパネルもその方法で描かれています。

先ほどまで2本の桜だった絵が、左右を入れ替えることで1本に。客席から感嘆の声。転換により新しい形が見える、という日本美術ならではの仕掛けが、この作品にも隠されていました。

ライブペインティングの興奮を引きずりながら、イベントは終了。最初、“自分にとって遠い存在”だと思っていた日本画と銭湯への印象が、少し変わっていました。日本画も銭湯も、自分にとっては異文化……だと思っていました。このイベントを通じて日本美術独特のおもしろさや銭湯空間の力を感じ、素直に「もっと知りたい」という思いが浮かびました。日本画の巧妙な技法はもちろん、かつての画家たちが作品に施した仕掛けに隠されたストーリーのこと。そして、銭湯という空間が持つ受容性や独特の一体感。今まで知らなかった文化に出会い、自分の世界が少しだけ広がったような気がするのです。

取材協力
合同会社いどばたアート

“触れるアート、しゃべれる空間」をテーマに、体験型アートを通じて参加者同士が仲良くなれたらいい。”「いどばたアート」はそんな思いで立ち上がったプロジェクト。アートで人と人をつなぎ、参加者の日々の生活がちょっぴり楽しくなるきっかけを提供。銭湯を舞台としたイベントを手掛け、アートを通じた新しい価値を生み出し続けている。
http://idobata-art.co.jp/

nens(ネンズ)
神戸勝史、杉山佳、林宏樹、矢田遊也により2018年に結成された日本美術集団。室町時代の画層・如拙(じょせつ)によって描かれた『瓢鮎図』(ひょうねんず)から着想を得てTシャツや日用品の製作など、一見敷居の高いアートを日常的に使う衣類や雑貨と融合。日本美術をカジュアルダウンすることで、もっと身近な存在になるような活動を目指す。日本画の本格的な画材や技法を用いてワークショップやライブペインティング、銭湯や民泊などパブリックスペースでの空間演出も行っている。
https://www.nens.online/


取材・文/ハッケン!ジャパン編集部/堀越愛